寂寞とした少女はすでに

 暗く静かな小さな部屋。部屋に広まるジュースの臭いは私の睡眠欲を遮る。

 そんな中イヤフォンを外した私は軽く伸びをする。目の前のディスプレイに写る大量の文字にため息をつく。

 と、そんな時コンコンと小さく扉を叩く音が聞こえた。私はそちらの方を向き「大丈夫だ」と言う。

 その声と共に扉が開かれると、そこには小さな少女が「アメ?」と呟きながら部屋を跨いでいた。


「アメ、やっぱりおきてるんだね」

「当然だ、私はこう見えても仕事中なのだよ」

「そうなんだ、邪魔して……ごめんね?」


 マキは申し訳なさそうに目線を下げるとそう小さく言った。

 儚い少女はいつにもまして小さく見える。


「大丈夫だ、それよりもどうしたこんな時間に」

「アメ、ねない?」

「寝る?だと」


 マキが言い放った言葉に疑問符を浮かべる。

 私はついさっき、短針が丁度反対側を指していた頃にやっと起きたのだ。しかも一周するまで寝ていたせいで今寝ようとしても寝付けないなんて当然だろう。


「私はさっきまで寝ていたが」

「そ、そうだよね……あ、あの、普通の人は夜の十時から六時までねてるらしいからアメもそうした方がいいと思ってそれで……」

「そうか、ありがとうな」

「う、うん」


 マキにしてはやけに饒舌な気がする。

 口下手だったマキが話したくても話せなかっただけで本来はこんなにも話すのが普通だったのかもしれない。

 どちらにせよマキを否定してもことは進まない。私はまたマキの口から何か言葉が出ないかと待つ。


「じゃあ……アメはお仕事頑張って。私はリビングにいるね」

「そうだなマキ、だが残念なことに一つ忘れているぞ」

「え?」

「ちょうどねじを巻く時間だ。そのために来たんじゃなかったのか?」

「そ、そう……だった。ごめんなさい」


 マキは考えがまとまっていないのか何度も言葉を詰まらせる。

 私はてっきりねじを回す時間だったから来たのだと思ったのだが違ったのだろうか?


「とりあえずねじがないと話にならない。ねじは何処だ?」

「ねじならリビング」

「そうか、待っておけ」

「いや、いい。私がとりにいく」


 マキはそういうとそそくさと部屋を出て行ってしまった。中途半端に扉が開いておりマキの走る音が聞こえる。

 それにしてもマキは随分と元気になった気がする。

 マキがこの家に来てようやく一日が経ったが初めて来たときに比べると一目瞭然だろう。

 話すスピードは断然速く正確になり表情も少しだけ柔らかくなった気がする。動きも活発に見えるがそれはもとからだっただろうか?

 どちらにせよマキが順調に元気になっているのを見て少し誇らしい気持ちになる。そう思い伏せているとマキが重そうにねじを抱えて部屋に入ってきた。


「ご苦労様」

「ねじ、とっても重たいね」

「普段はマキの背中についてるんだ。考えられないのは私もだ」


 そういい私はマキからねじを貰うと、マキはいつも通りベッドの上に座った。私はベッドの上を膝立ちで進むと、同じようにねじをマキの背中に差し込んだ。服を貫通して、ねじが入り込む感触を感じる。

 そして私はねじをゆっくりと回しだした。マキの方を見ると背中からだが口に手を抑えているのが分かる。

 マキは首だけを動かしこちらを見る。私が見ているのが分かるとマキは手を下ろし俯いた。


「そういえばアメ、さっき何を買ってきたの?」

「そうだな、基本的に食料だがマキの為にいろいろと買ってやった」

「あ、ありがとう」


 マキはそういうと顔を前に向けた。

 身体を一切動かさずに淡々と話を続ける。


「そうだな、マキには必要ないと思うがバスタオルと下着を買ってきた」

「おふろ?」

「そうだ、私の家に来たからには機械でも人間でも毎日一回はお風呂に入ってもらう」

「わかった」

「ついでに歯磨きも買ってきた。さすがに一緒はいやだろう?」

「でも……私ごはんは」

「残念だがこれも例外ではない。いくら必要なくても人間と同じように生活してもらう」

「う、うん」


 そう言った後にねじを回す手を止めてしまう。

 心配に思ったのかマキが途端に後ろを向いた。


「いやなら……別にいいが」

「いやじゃない。うれしい」

「そうか、なら良かった」


 そんな優しいマキの声を聞き私はねじを回す手を動かす。

 マキも安心したのかまた前を向いた。


「あとは小物をたくさん買った。そうだ、洗剤と同じコーナーにトイレに置くだけでオレンジの匂いを放つものを見つけたのだ」

「おれんじ?」

「そうだ、今マキの髪についている匂いと同じものだ」

「アメ、おれんじ好きなの?」


 そう聞かれなんとなく目線を上にあげる。

 気にしたこともなかったがこれと言って好きでもない。それどころか大抵の果物は見かけることも少なく気にもしない。


「普通だな」

「そんな気がする。私はおれんじ好き」

「……」


 マキが笑った……気がする。

 実際には見えていないが確かにマキの口角が緩んだ気がした。


「よし、これで五周だ」

「ありがとう」


 そういうとマキはねじを付けたまま立ち上がりこちらの方を見た。


「確かにアメにはおれんじ、似合わないかも」

「どういうことだ」

「いつも使ってるパソコンで調べたらわかる」


 そういうとマキは扉の方まで歩くとドアノブに手をかけた。

 途端にマキの顔が俯く。

 私が疑問に思っているとマキの顔が急にこっちを向いた。


「所詮私は機械。私の言いたいことなんて全部それに入ってるから」


 マキはそう真顔で告げると部屋を出て行った。

 皮肉だろうか、真実だろうか。

 少女のその顔に、どこか寂しさを感じてしまった。

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