生に縋る少女は機械

「……っ」

「……アメっ!」


 ノイズが淡々と響き闇に包まれた私の家で、私は今最も見たくない光景を目にしてた。

 出会ったときと同じ様。涙で頬を濡らしている少女が目の前にいた。

 マキはただ作業のように涙を流している。腕は力が無くなったかのようにその小さな肩から垂れ下がっておりマキは一ミリも動く様子がないままでいた。

 そんな儚い少女を目の前に私は何ができるだろうか?趣向を凝らす。

 大前提として何も考えないで感情に任せて話しかけたり体に触れたりするのは間違いだろう。急がば回れ。こういう場合は落ち着いてことを対処する方が良さそうだ。

 「大丈夫」なんて誰でもいえるような言葉をかけたところで、大丈夫じゃないことくらい現状を見れば誰でも分かるだろう。

 そんな言葉をかけても意味がない事は明らかだろう。だとすればかける言葉は何だろうか?

 冷静になれば今できる最善へとたどり着いた。つまりはマキが泣いている理由が分かれば泣き止ませる方法も分かるということ。だがそれはすべてがスムーズにいった場合であり、目の前で脱力しきっているマキに「何があったの?」なんて聞いたところで返答を貰えるとは思えない。ついでに言えば「何があったか聞く」と言うことは「辛くなった要因を再確認させる行為」ということになる。マキの笑った姿はいまだ見たことないが、できる限りマキにはいい表情をしてほしい。となれば「何があったか聞く」行為は最善のようで最悪なのかもしれない。

 残念だがここはマキが泣いている理由を自分で探さねばならなさそうだ。

 そう思い私の部屋へと入っていく。

 中途半端に開いたドアを軽く押すとドアはいつもの通りスムーズに開いてくれた。

 だがその時謎の違和感に襲われる。

 何かを無くしているような。心にあったそのものが消えている。おそらく空虚を感じたのだ。

 だがそれの正体は分からない。だがそれは当然のようだった。


「まさか……」


 はっと気が付くと私は部屋の奥まで素早く進む。そしてカーテンを勢いよく開けた。

 カーテンは力を受け羽のように舞った後ゆっくりと重力に従っていく。

 窓の外は暗くほとんどのものが姿をくらましている。目を凝らして見えるものと言えば隣の家のコンクリの壁くらいだろうか。だが見るべき対象は窓の外の景色などではなくカーテンだった。

そう、今この場にはねじとぜんまいのおかげで食事をとらなくてもよい不思議な少女がいるのだ。一般常識が常識でないモノがいる。

 そしてその常識に影響を受けているのは少女以外にもいたのだ。

 「カーテン」と「ドア」。この二つはねじの影響で動き出したのだ。だがあれから時間は経ちそして今。それらは意識を失ったかのように活動を停止している。

 ねじは感情を持つ「マキ」に活力を与えた。同様に「ドア」と「カーテン」にもAIのような知能と動力を与えた。

 すなわちこのことから考えられること。それは、ねじが与えるものは「活力」と「知性」だということ。

 そして知性があり動いているモノ。それが動かなくなる現象。人間はよく知っている。



 その事実を知った途端に私はマキの方を見る。

 脱力しきった腕に座っているとは考えられない首。一切涙をぬぐわない不気味な少女がただ涙を流し、時々しゃっくりを起こしている。

 『マキは死を拒絶した』。

 ねじで活力を得て、ぜんまいで体を動かす少女。表情を感じることがほぼ無く受動的に物事を進める少女。

 どう考えても機械のような振る舞いをする少女が死を拒絶した現実に、私は、



 激しい胸の高鳴りを感じた。

 時々人間のような振る舞いをするマキだが、そんな様子は機械が人の振る舞いをすればよいだけ。

 人間である根拠は否定できるが機械である根拠を否定することはできない。

 必然的に機械であることがほとんど確定した「マキ」が、「マキ」と言う名の「機械」が今死を拒絶し涙を流している。

 その現実は私からすればすごく綺麗で美しくそして儚いものだった。

 私の目が覚めるとベッドに乱雑に置いてあるねじを軽く取りマキの方へ向かう。

 そしてマキの背中めがけてねじを押し込むといつも通りねじはカチっと音を立ててはまった。

 いつも以上に軽いねじを回していく。三週目に差し掛かった途端マキは首をおもむろに上げると涙をふき取り始めた。


「マキ」

「……っ」


 私はそう名前を呼んであげると、マキはねじを回す私の手など無かったかのように力いっぱい振り返る。

 そしてマキは悲しそうな顔をしながら頭を抱えるように抱き着いてきた。

 急な重さに支えきれずに壁にもたれる。

 必然的にマキの胸に顔を押し当てていることになるが、その胸からぬくもりは一切感じない。それどころか鼓動さえも感じることはできなかった。

 マキの胸の冷たさを感じているとマキの胸が小さく揺れた。


「アメっ……こわ、かった……」

「そうか、そうだな」

「めのっまえで……どあが、あばれて……し、しんでいって」

「私が悪かったな……そうだな」


ドアとカーテンはねじから受けた活力を失い絶命してしまった。それは私がねじを回すことをやめたからだ。

 マキのように定期的にねじを回してやらないと活力を得ずに死んでしまう。冷静になって考えてみれば分かる答えをどうして私は考えてみようともしなかったのだろう。自分に対する憤怒が強くなっていく。

 マキを泣かせてしまった。


「アメ……あり、がと」

「どうしてだ?」

「わた、しが……うごけないって、さっして……ね、ねじ、まわしてくれた」


 マキは腕に込める力を大きくした。

 マキの今の心情はいろいろと入り混じっており一つの言葉じゃ表せないだろう。

 だが私に対して感謝の念を表していることは確実だ。それを素直に受け取らないのは私ではない。


「どういたしまして」

「……」


 マキはさらに腕に力を込める。そのおかげで頬が若干痛みを感じてきた。

 本物の少女のように感情のまま私を抱きしめるマキに、私はありもしない心の熱を感じた。

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