少女は彼女を見殺しに

「もう少し……もう少しだ……」


 目先にあるのはまともに手入れされていない植物に覆われた灰色の家。

 そこの家を曲がると私の家だ。ご近所さんの家を侮辱して少し罪悪感を抱くが間違ったことは言っていない。これも手入れをしていないご近所さんが悪い。

 そんなことを考えながらため息をつく。


「さすがに疲れたな」


 外に出ることが少なくもやしのように痩せ切った私の太ももは、その急激な筋肉の疲労からか今となってはパンパンに膨れていた。

 そんな太ももを慰めつつ、埃で少し汚れた腕時計を覗く。すると時計の針は私が眠り始めた時間と丁度同じ向きを指していた。

 そう、十二時間前カーテンに間接的に「寝ろ」と言われ私は久しぶりに十一時間も寝ることに成功した。

 私の睡眠時間は基本短いもので目を見ればわかる。私の血液は黒く淀んでいた。酸素が圧倒的に足りていないのだ。だがさっき鏡を見た時はどうだろうか?普段はクマで見えない肌の色も今日ばかりははっきりと視認できた。とはいえ顔は十一時間も寝たせいで若干顔がむくんでいたのは言うまでもない。

 普段偏った食生活をしているせいで私の血液は常軌を逸している。普通の人なら、心臓から出た血液はまた心臓に戻るのに一分かかると言われている。だが私の場合はどうだろうか?当然のようにその倍かかってしまうだろう。

 そんなネガティブな考えをしているがそれには理由がある。

 一つは十一時間寝たと言ったが実際は二度途中で起こされているのだ。当然あの少女に。

 もちろん私の邪魔をしたいわけではない。起こした理由は当然あの充電だ。マキは数時間に一度充電を行わなければいけないらしい。詳しい話は聞いていないが人間と同じように食事をしないと死んでしまうのと同じ要領だろう。

 そしてもう一つの理由は三度目に起こされてから眠れなくなったのだ。

 三度目はマキの充電の為ではない。マキが善意で起こしてくれたのだ。正直私はまだ寝ていてもいいと思ったが私は寝付けなかった。それも当然十一時間も寝た後に自然と寝れる人がいるなら教えてほしい。その人には時間の大切さと言うものをびっしりと教えてやりたい。

 とまぁこういった理由があり私は機嫌が悪いのだ。

 寝つきが悪いのはもはや全人類共通だと思っている。だが理由はそれだけではなかったのだ。

 逆接を使う程驚くべき理由ではない。


「……」


 私は右手に持った袋を見ながら疑念を抱いた。

 起きてからというもの私はすぐさま身支度を行い財布と家の鍵。それに大きめのエコバッグをもって家を出た。マキの為に多少の生活用品を買ってやるのだ。

 マキは「いらない」「不便はない」「私が行く」とかいろいろ言っており、まるで私が家から出るのを拒んでいたようだったがそれを振り切って家を出てやった。

 マキが困らないのではない。私が困るのだ。背中に大きなねじを付けた少女が、夜も浅いこんな時間に外を歩いていたら問題になりかねない。とはいえ私と共に行くとなるとそれはそれで、お兄さんと中学生くらいの少女が一緒にいるという大変事案になりかねない状況が完成してしまうので、どてらにせよマキは連れては行けなかった。

 近くのスーパーに行くと、案の定仕事終わりのサラリーマンやお迎えの帰りであろう子連れの主婦などを何人か見かけた。マキを連れてこなくて正解であった。

 スーパーに入り野菜コーナーを無視し真っ先に石鹸等が売ってある場所へと向かうととりあえずいい匂いがするであろう説明が書いてあるシャンプーやボディソープを買った。

 正直、と言うか周知の事実だろうが、私にはこういった自らの見せ方を変えるような物品に知識がない。それどころか服などほとんど使いまわしであるし自分で買ったことなど一度もない。

 そんな私が人の為にシャンプーやボディソープを買ってあげているのだ。その時の高揚感と疑念の混じった気味の悪い感情は今後忘れることは無いだろう。

 そして私は次に少し歩くと枕が売ってあるのを見かけた。そこにはタオルやハンカチも売ってあった。スーパーと言えど売り物の種類は豊富でありスーパーで住むことも可能であろう。枕はあってもベッドがないが段ボールを使えばましだろうといつも通り無駄な事も考えた。

 マキに嗅覚があるのか知らないが私のような男の使っている枕など使いたくはないだろう。そう考え枕とついでの体を拭くタオルも買ってやった。

 あれくらいの年齢の女の子は「お父さんと一緒の洗濯はいや!!」と言っている例をどこかで見た覚えがある。それがテレビかスマホかなど考えている暇にスーパーのかごは満杯になっていた。

 流石の男の手と言えど視覚的に重そうなカゴを見ると脳は重いと認識してしまう。私はスーパーの入り口まで戻るとカートを取り出し二つ目のカゴも乗せた。

 そして私は見慣れた商品が売ってある食品コーナーへと向かった。そこは一年間は余裕で暮らせるであろう大量のカップ麺コーナーであった。とはいえ一年もこんな食生活では栄養に偏りが出て死んでしまうだろうが……

 マキが来てから結構な時間が経ったが少女は一度も食べ物を口にしていない。ねじを回したときに生じるエネルギーは人間でいう栄養と同じようなものなのだろう。

 つまりマキに私たち人間のような食事は必要ないと思う。だがこのまま買わずに帰り、マキが飢餓となり私が責任を負うという可能性も重々ある。何より少女は機械でありながらも人間の特徴をしっかりと保有している。それこそ学習や感情などは一般的にはロボットに備わる機能ではない。しかもマキには五感が備わってるように思える。ロボットはそれらを機械的にとらえるかもしれないがマキは感覚的に感じていると思える。

 今朝のカーテンが開いた時の反応。マキは驚き急に立ち上がった。それは機械では明暗が変わったと処理できるがマキはあの時視覚の急な変化に驚きを見せた。

 とはいえマキが驚きの表情を見せたのはこれが最後だ。これだけを理由にマキには五感があるなんて到底証明にはならないだろう。だが私にはそれだけで十分だったのだ。

 帰ってマキに食事をさせようと思う。もちろんエネルギーの保有の面も気にしているが一番はそれをおいしいと感じるのかだ。五感には味覚もある。味覚はもっとも人間の感覚の一つなのだ。マキはそれを感じるのか、少し疑念を抱く。

 というわけで私の右手にぶら下がる袋の中には一通りの洗剤とタオル類、カップ麺とこまごまとした食材に後は適当なものを買った。

 考え事をしていると見慣れた灰色の家を曲がっておりそこには我が家が建っていた。

 周りを見渡しても同じような質素な家ばかりでこの街にはなんのとりえもない。明かりと言えば街灯のみで自分の足元でさえも眼鏡をかけてるとはいえ目を細めないと見えない。

 そんな暗闇の中慣れた手つきで鍵を開けると高い音を鳴らしながら扉が開いた。


「ただいま」


 家に人がいる。そう考えなんとなく呟いたが今の声量だと全く届いてないだろう。若干顔が熱くなるのが分かる。

 すぐにキッチンに向かうと袋を置き荷物の整理をしようとした。

 だがその時違和感を抱く。


「……」


 静かな家、物音と言えばつけっぱなしの空調くらいだろうか?だがそこに若干のノイズを感じる。

 私は早歩きで自室まで向かうとそこには見たことのある光景があった。


「……っ」

「……アメっ!」


 マキはその整った顔を涙でぐしゃぐしゃにしてただボーっと地面を眺めている。

 光を失った家の中に二人。泣きじゃくっているいたいけなマキの姿と、何もできずにただ突っ立っているだけの私がそこに存在した。

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