商人は暗躍する
「お祖父様、おかしくない?」
シェザル王国の王都をお祖父様と歩く。
「ん?クロエ、なにか気になったか?」
晴れた日で、少し地面の雪がぐちゃぐちゃになっている。その石畳をブーツで踏みしめる。
「まったく王都らしくない……」
活気ある賑やかさ、華やかさがない。わたしが見てきたユグドール王国やシザリア王国、ハイロン王国の王都とは別物なの?というくらい差があった。
静かな街並み、着ているものも粗末なもの。凍えて寒そうな顔を皆がしている。
「昨年のシェザル王国の収穫量を知っているか?」
「え?」
「昨年は不作だった」
お祖父様とそんなやりとりをシェザル王国に入国したときにした。それがわたしの剣となる。今回、お祖父様はわたしの影となって動くといった。おおっぴらに世界商人としては動けないからだと言う。
わたしの案を聞いたとき、お祖父様は、ワクワクするような顔をし、そして忠告するように言った。
「世界商人の五家の役割は己の利益だけでなく、世界の物流のバランスをとる存在でもある。それを理解していてほしい」
それから数日後のことだった。わたしとお祖父様は王都のど真ん中で警備兵に取り囲まれた。
「おまえたち、最近やって来た商人だろう?」
「ずいぶんと荒い商売をしてるらしいな。城まで来てもらおうか?」
ゴホッゴホッと突然お祖父様が咳き込むだす。振り返ったら白髪のカツラに貧乏そうな上着を羽織っていた。いつの間に……。
「待ってくだされ……なんのことだかわかりませんがな?体が弱いジジイと孫息子です。お見逃しくだされ」
「ごちゃごちゃ言うな。いいから!こい!」
……演技してもしなくても連れて行かれると思うんだけど?と、いうか連れて行かれるために目立った商売していたのに、なぜ今さら!?
「おまえのお祖父様はちょっと名の知れた商人だからな。バレたくないから変装をするぞ」
ヒソヒソと耳打ちしてくる。
「え?わたしは?」
「もう、クロエは少年に変装済みだろうが!」
確かに……旅用の変装だったけど、役だってくれている。警備兵たちが前後に歩き、わたしとお祖父様は大人しくついていく。
そして古びていて、雪の塊がところどころついている城に入るように指示された。石造りの城で頑丈そうだったが、寒い風が隙間から吹き込んできていた。
お母様に会えるわけではないが、この城のどこかにいる。
そう。これは1つの足がかりとなるはず!
「着いたぞ。おまえらの商売について説明しろ。お偉い人だから、無礼ないようにするようにな!」
警備兵に言われて、わかっておりますともとお祖父様は言って、暖炉のそばで手をかざす。すっかり老人になりきっていて、もとのお祖父様の雰囲気が消されている。見事な変装ぶりだと思う。
「おお!暖かい部屋に通されて幸せじゃなー!なあ!孫息子!」
「本当だね!おじいちゃん!」
仲良し祖父と無邪気な孫を演じる。ガチャッと入ってきた人は誰?……この国の宰相だとお祖父様が目をチカッと光らせ、わたしに注意するようにと小さい声で言った。
「座れ。変な真似すると外の警備兵に串刺しにさせる」
お祖父様がわたしにやれ!と合図した。頷く。
「僕たちになんのご用でしょう?旅の商人が信用できないのはわかります。だけど、突然連れてこられるなんておどろきました」
「子どもと喋っても……そこの老人は?」
わたしを子どもだと言ってお祖父様と話そうとする。ゴホッゴホッとお祖父様は咳をしてみせる。
「この老いぼれでは、体が辛くてどうにもなりません。孫息子か最近、商売をしているんですよ。わしはただの付添人です」
「この子どもがか!?」
「子どもでも商人は商売しないと食べていけませんから」
にっこりとわたしが笑うと宰相は怪しげな目になりつつも話し出す。
「どういうつもりで、この春植えるための種芋を買い占めている?どこの国の手の者だ?」
「なんのことでしょう?売ってほしい人がいるため、種芋が必要なので、近隣の農家から種芋を集めているだけですが?」
「それをこの国に流通させる気はあるか?」
「それは売人次第ですね」
宰相が難しい顔をした。
「農家は種芋を売らねばならないくらい困窮している。それをわかっていて買っているのではないか?そして次の収穫ができず、また今年の冬も食料が不足し、貧困にあえぐことになる」
「そのようなつもりはありませんでした。昨年はどこの国も芋が不作だったと聞きました。種芋が欲しいのはこの国だけではないと思います」
「やはり国外に出すのか?」
「それはまだ決めてません。買いたい人はたくさんいます。そこに目をつけて種芋で商売しようと思っただけです」
「とんでもない子どもだな」
宰相の眉が苦悩する形になった。これは……勝った。わたしはほくそ笑んだ。
「頼む……種芋をこの国で売ってくれないか?この国の食料を奪わないでほしい」
「しかし僕たちも食べていかなければなりません。その見返りはありますか?」
「望みはなんだ?」
「しがない商人といえど、女王陛下に一度は拝謁したいのです。美しいと有名な方ですから。それを許してくれるなら、種芋をこの国の市場に安く流通させましょう」
「女王陛下にか……うーむ。……よし。陛下に伺ってみよう」
ありがとうございますとわたしは礼を言った。お祖父様は後ろでふむ……と変装用の白ひげを撫でていたのだった。それが感心しているのか、考え込んでいるのかは定かではなかった。
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