裏で動かす者もいる

 ミンツ先輩が朝からご機嫌だ。ふんふーんと鼻歌を歌って仕事をしている。逆にオレは憂鬱に書類に判を押している。


 以前、相手を強さだけで抑えつけるだけではダメだと言っていたコンラッド。むしろオレが力尽くで国を治めようとしていたことを良かれと思っていなかったのになぜ変えた?


「陛下、この事案ですけどね……?あれ?もしかしてリアン王妃が心配ですか?憂鬱そうですが、大丈夫じゃないかなぁ?ユクドールの王が助けに行ったのですから。力はユクドール王国の方が圧倒的にあるんです。軍を出したと聞いた瞬間に降伏だと思いますね!まぁ、多少は反発してくるだろうけどね……」


 ミンツ先輩がオレに国力差を調べた紙を見せた。ラッセルもうなずく。


「シェザル王国は大した名産品も資源もない国です。ユクドールが支配しようとすればあっという間でしょう。今回のことで、ユクドール王は怒っていますし、自国の領地にしてしまうでしょう」


 計算したところ、三日もあれば制圧しちゃうね。そうミンツ先輩は言う。


「リアンが人質にならないか?」


 えっ!?と言って、ミンツ先輩とラッセルが顔を見合わせる。


『リアン様が?』


 口をそろえて聞き替えされる。


「なんだ?変なことを言ったか?」


 ラッセルがすいませんが……と謝ってから話し出す。


「あのリアン様ならわかっていて行ったと思いますよ。あのリアン様が人質になる駒に自分を置いていますかね?むしろ有効にその立場を利用するような?あのリアン様ならどうしようもない状況になったら氷の城を溶かして破壊して逃げてくるんじゃないですか?」


 『あのリアン様』を三回も使ったぞ?おい……?


「陛下はちょっとリアン様を心配しすぎだし、過小評価されると王妃様も不本意だと思いますけねぇ」


 ミンツ先輩が笑う。ラッセルが昔からなんですよとひそひそ耳打ちしている。『ウィルの時からリアンを守りすぎてるんですよ。過剰なまでにリアンに火の粉が降りかかるまえに火の粉を振り払いにいっていて、見てるこっちがドン引きするくらいの……』と言っているのが、聞こえているぞ。


「それにユクドールの王はまだリアン様のことを好きでいるようだから、なにかあれば絶対に許さないだろうねっ。シェザル王国にとっては唯一の大切な交渉カードだし、今頃とても大事な客人としてもてなされてるんじゃないかなぁ」


 オレはそのミンツ先輩の言葉で気付く。ガタッと席を立つ。


「ミンツ先輩はもしかして……なにかユクドール王に言ったな!?」


 無言になるミンツ先輩。やはりそうか。


「なぜそんなことをした!」


 ミンツ先輩はなんのことかなぁととぼける。コンラッドを熱くさせるようなことを言ったんだ。違和感はそれだ!


「シェザル王国の動きは前々からユクドール王国に警戒するように言っていたのに、動かずにいて、わが国にもふりかかってきた。これはエイルシア王国が解決するものではなく、ユクドール王国がすべき問題でしょう?なぜこっちの兵力や金を使わねばならないんです?」


 むしろ当たり前でしょうとミンツ先輩は悪びれずに言う。


「リアン様が捕まった!と慌てて陛下が動くことをわかっていた。それを利用したわけじゃないかと疑っただけです」


「コンラッドがそれを聞いてどう思うかわかっていただろう!?わかっててミンツ先輩は……利用したんだな!?」


 オレのことを兄のように慕い、リアンのことを気に入っているコンラッドはそんなわけじゃない!と思ったんだろうな。王として感情に流されやすく、誰かに固執することは危険だ。それはオレもコンラッドもわかっている。わかっているのに……。


 他のことならオレもコンラッドも冷静かもしれない。だけど孤独な王だからこそ、これだけは守りたいものがあるのだろう。コンラッドにとってはオレとリアンのことは守りたいものに入っているんだな。嬉しいと思うが、今回、その感情をオレの臣下に利用されたんだ。


 ミンツ先輩はオレの苛立ちを平然とした顔で受け止めている。


「陛下、ミンツ先輩は、これが最善の策だと思ってしたんです。確かにこの件はリアン様は巻き込まれただけで、ユクドールとシェザルの戦いでしょう?」


 それならユクドールの者を捕えればいいだけだが……なにかひっかかった。もしコンラッドがミンツ先輩の策にはまらず、オレが先に動いていたらどうなっていた?


「……いや。この件はそんな単純じゃないかもしれない」


「そうそう。だからこそ、単純なものにするんですよ」


 ミンツ先輩はにっこりと笑った。


「冷静さが残っていて助かったよ。それでこそ、ウィルバート様だ。王妃様の救出だけに目を向けて頭に血がのぼっている王様じゃなくてよかったよ」


「からかってるのか?」


 ミンツ先輩の性格は知っているが、たまに……たまーに胸倉掴みたくなるな。


「いいや。褒めてるんですよ。表はユクドール王国に動いてもらい、我々は裏で動きましょう」


「……精鋭部隊と良い馬を用意しておこう」


 よろしくお願いしますとミンツ先輩は心底楽しそうに言った。そして付け加える。


 リアン様ならコンラッド様を利用する策なんて立てない。僕だからこそです。汚い手や憎まれ役が必要な時もあるんだよ……と言ったのだった。

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