他愛ない会話

 暇にしておるだろうと言われ、私は度々女王陛下に呼び出されている。そして話し相手になっているのだった。


「リアン王妃とエイルシア王はとても仲が良いと聞いておる。エイルシア王は妃を溺愛しておると。なんでも後宮にはリアン王妃のみで他の妃はおられぬとか?それは本当かの?」


 私はお茶にブランデーをポタリと落とす。ここではよくお酒をお茶に少量入れている。寒いため、お酒で体を温めるという理由らしい。それによく合う固めのクッキーが用意されている。

 

 殺人罪に問われているとは思われない待遇だが、罪は私をここにとどめるための理由作りだったのだろう。


「そういう噂があるとは知りませんでしたが……ええ。まぁ、事実ですわ」


 溺愛の部類ではない気がするが、世間ではそういうふうに見えるらしい……過保護というか学友時代から、私のお世話係というか私の巻き起こす事件に巻き込まれていた彼というか。よく考えたらウィルの時とエイルシア王の時と彼のしてることは、あんまり変わらない。


「ふむ。妾は夫を選ばねばならないのだが、いまだに妾用の後宮には誰もおらんのだ。どの男も気に入らぬ。妾の身分に遠慮をしたり、逆にその身分を狙ったりしておるのが見え見えで面白くない」


「えーと。そ、それって逆に男の方を後宮に入れるってことですか?」


「そうじゃ」


 男の人を侍らかす……私はその図を想像してみる。ゴロゴロしている私の横にいて『リアン様、お茶をどうぞ』『空調は大丈夫でこざいますか?』『読書で肩が凝ってませんか?肩もみしましょうか?』と給仕をする美しい男性たち。


 『じゃあ、お茶に合うお菓子をちょうだい』『リアン様、体重が増えてしまわれますから、お茶のみにしませんか?そして夜ふかしは体にも肌にも悪いです。早々に寝ましょう』私の健康を心配される。


 『新刊を読みたいわ』『我々よりも本が大事ですか?リアン様は飽きてしまわれたのですか?』私が趣味に没頭しようとすると構ってほしい夫たち。


 いやいやいや、絶対落ち着かないでしょ!?私は一人、ゴロゴロ寝転んで読書するのがやっぱりいいわ。妄想だけでお腹いっぱいになった。


 そう思うと、ウィルは私との程よい距離感を保ってくれている。私が本を読みたいときは邪魔をせず、静かに傍に寄り添い、自分も本を読んだりゆっくりお茶やお酒を飲んだりしている。王なのに後宮に来て、気を使ってるウィルにちょっと可笑しくなる。


「後宮へは自ら望んで入ったのかの?」


「いいえ。両親に言われて無理やり入れられました」


 そこで美しい形の眉をひそめる女王陛下。


「嫌ではなかったのかのぅ?知らぬ男に嫁ぎ、愛せるものなのか?……いや、他に愛している者はいなかったのかの?」


「入ったときは嫌でしたが、今は嫌ではありません。幸せです……ええっと……他に愛してる人?いたかな……。」


 私は新手の質問にうーんと腕を組む。上を向いて考える。私は学問に忙しかった。周囲には私塾の男たちはいたけれど、そういう目で見れなかった。むしろライバル。唯一傍にいたのはウィルだった。


「私があの頃、一番愛していたのは『知識』だったのだろうと思います。学ぶことが楽しくて、毎日知識を得て行くことに喜びを見いだしておりました」


「素晴らしいな。なにかに夢中になれるとは幸せなことだ。それを奪ったエイルシア王が憎くはないのか?」


「むしろ王宮の図書館を開放してくれるし、新刊を用意してくれるし、後宮の一室を研究室に使って良いって言うし、寝不足になってしまっても、日がな一日、ゴロゴロ寝てても何も言わないし、私にとっては最高の環境だと思います。エイルシア王が怠惰にしてていいよって言ってくれるので、甘えてます」


「惚気に聞こえるのは気の所為かのぅ。どうやら……妾の魅了の力、エイルシア王妃には効いておらんのだな。心の隙を突こうと思ったのじゃが、無理のようだ」


 あ、もしかして、この会話はそういうことだったの?気づかず惚気……じゃなくて、会話してたわ。


 女王陛下のアイスブルーの目が私を見据えた。私も見返す。


 しばらく静かな時が流れる。


 ふぅと女王陛下が息を吐いた。


「一筋縄ではいかぬとは聞いておった。妾の魅了の力が効いてないとすれば、すでにエイルシア王妃は策を発動させておるのか?」


「予想外の出来事だったので、なにもできませんわ。こうしておとなしくここにいるだけですわ。寒いので動きたくありませんし」


「冗談をいう余裕があるということは、なにか考えがあるということかのぅ?」


 私は静かになる。私のことを警戒しすぎではないだろうか?ここに来てから、私は特に目立った動きもせず、いつものように怠惰に過ごしている姿を見せている。『なんだ噂とは当てにならぬ、怠惰なただの女ではないか』と思ってくれると思っていた。それなのに……。


「女王陛下の背後には誰がいらっしゃいます?」


 次は女王陛下が静かになる番だった。場が再び無言になる。


 私のことを知っている誰かがいる?そう感じた。誰だろう?見えない影を感じる。


 しゃべりだす前に扉が開いた。慌てたように入ってきた者がいた。


「女王陛下!ユグドール王国より通告がありました。すみやかに国境の街から兵を退き、リアン王妃を解放せねば、瞬く間に国土を奪うぞと脅してきてます!!」


 女王陛下はその言葉に慌てなかった。まるでわかっていたとばかりに『そうか』と短く言っただけだった。

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