商人は頭を悩ませる

 寒い時に寒い地方にくる意味がわからないわ。帽子に耳当て、コート、手袋、マフラーにブーツとモコモコしていて、完全武装しているけれど、鼻の頭だけはどうにもならない。顔が冷たい。


「なんだ?クロエ?寒いところは嫌いか?」


 わたしが不満に思ってることなんてお祖父様に筒抜けなのね。


「お祖父様、なぜわざわざこの地域に行くの?どうせなら暖かいところ行きたかったわ」


「寒さも暑さも関係ない。危険だろうがなんだろうが儲かる匂いを嗅ぎつけて、行くのが商人だ」


「シェザル王国にそういう儲かる気配があるの?」


「そのとおりだ」


 ふふーん♪と楽しそうな鼻歌まで聞こえてくる。寒さに凍えそうになりながら、馬車から降りて、一軒の家に入った。見た目は雪に埋もれかけたどこにでもある普通の一軒家。招いてくれたのは一組の男女の夫婦?らしき人たちだった。コートやブーツについた雪を入り口で落とす。


 ここにたどり着くまでの道のりで思ったけれど、シェザル王国はどこか寂しげだった。白一色のせいかしら?窓辺に灯る明かりの数も少なく感じる。エイルシア王国はやはり華やかなんだってわかる。人の行き来も盛んだし、気候も温暖で過ごしやすい。


「さあ、暖炉にあたりなさい。クロエが風邪をひくとリアンに怒られるからな」


 お祖父様はそう言って、わたしを暖炉のそばに椅子に座らせる。そして自分は難しい顔をして商談だろうか?相手となにか話をしている。

 

 見た目は仲の良い普通の夫婦に見えるが、女性のほうがニコニコとして私の方へ近寄る。


「クラーク家当主、そしてお孫さんですよね?ようこそお越しくださいました」


 温かいココアを手早く用意してくれ。手渡してくれる。


「ふふふ。アイシャと申します。昔、リアン様とも会ったことがありますよ。よく似てますね」


「アイシャさん?お母様と……?」


 優しそうな女の人だなぁという印象だけど、本当のところはわからない。だって、おじい様のことを『当主』と呼ぶ人はたいてい、商人たちで、侮れない人が多いもの。


「ここの状況はどうだ?」


「それが……リアン様が殺人の嫌疑にかけられたようで……」


「なんだって!?あいつはなにやってんだ。捕まってるのか?」


「そのようです。投獄はされておらず、丁重にもてなされてますが、シェザル王国からの出国を禁じられてるようです」


 お母様が殺人で捕まっている!?わたしは飲んでいたココアをテーブルに置いて、男とお祖父様を見た。


「しかしリアン様のことです。何か考えているのではありませんか?」


「だといんだがな。策が瓦解する時などあっという間だ。集めていたはずのピースがバラバラになる。それも含み済みで策を立ててるのか?いや……まてよ?この先の……いやいや……違うか?……あいつはちょっと説明してからことを運べ!ううっ……わからん!!」


 お祖父様が頭を抱えている。相手の男が面白そうにそんな様子をみている。


「当主がそのような様子になるのは珍しいですね。リアン様が当主の後を継いでいたら、われわれは安泰だったかもしれません。才能が惜しいです」


「リアンはすでにエイルシア王妃になっている。あきらめろ。愛する我が妻のためにエイルシア王国は常に平和でいてもらわればな!ああ……妻のおいしい手料理が食べたくなってきた。こないだなんて、ビーフシチューを食べたんだが、肉がホロリと口の中でとろけてな。シェフがいるにも関わらず、たまに手料理をふるまってくれる本当に素晴らしい妻でな……」


「その話、まだ続きますか?奥様のお惚気はみんな聞き飽きてます」

 

 お母様が捕まっているという報告を受けたのに、お祖父様と男のやりとりは深刻そうにならない。その雰囲気にわたしは首を傾げる。


「あの……お母様は大丈夫なの?お母様になにか考えがあるということなの?もしかして、捕まることすらお母様はわかっていた?」


 3人の目が私に注目した。おかしなこと言った?


「ええ。クロエ様の考え通りです。きっとリアン様はわかっていました」


 アイシャさんが頷いた。


「リアンの動きで、どう儲け話にもっていくか……じゃなくて、いや、どう我々が動けば最善なのか考えている。お母様の心配はしなくていい。おまえのお母様はとーってもふてぶてしい……じゃなくて、賢いから切り抜ける術を知っているはずだ」


 でもこっちの動きも含み済みか?うむむ……わからん!とブツブツ付け足すお祖父様。


「でも心配なの。お母様、ひどい目にあってないといいんだけど……」


 知らない場所、お父様もいない場所、エイルシア王国の力も及ばぬ場所……わたしならどうする?お母様ならどうやって切り抜ける?


「クロエ様の大事なお母様のことですから、不安になりますよね」


 アイシャが同情してくれる。お祖父様と男の人は顔を見合わせる。


「可愛い孫娘のために人肌脱ぐか」


「当主、それは……」


「世界商人の五家は深く一国に肩入れすることは許されない。だが、クロエの手伝いなら許されるだろう?」

 

 当主の屁理屈が始まった!他の家から怒られても知りませんよ!?と男が苦い顔をしたが、お祖父様はわたしに向かってニコッと笑いかけた。その笑いは明るく力強く……お母様がなにかを考え、ワクワクしていて、楽しそうな時と同じ笑い方だった。


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