謁見するとき

 謁見の間に案内されて、女王陛下を一目見た時、女である私すらため息が漏れた。雪のように白い肌。氷のようなガラス玉のようなアイスブルーの目。銀色のまっすぐな髪。冷たさの中に凛とした美しさと威厳を兼ね備えている。


 白や青、銀を基調とした装飾、騎士団の制服を着た騎士たちが並んでいる。気圧されそうな空気感がこの場にはあった。玉座まで敷かれている紺色の絨毯を私は歩いて行かなければならない。


「緊張していませんか?大丈夫ですか?」


 エリックがひそひそと私の耳だけに届く声で尋ねた。私は返事をするかわりに、にっこりとほほ笑む。そして春らしい明るい緑色のドレスとエメラルドの宝石を身につけて優雅に歩いてゆく。そして女王陛下にお辞儀した。


「お招きいただき、ありがとうございます。シェザル王国の雪や氷の厳しい自然の中でありながらも美しい銀世界に私は心を奪われておりますわ。女王陛下にお会いでき、光栄です」


 アイスブルーの目がピクリと動いた。人形に無機質さのある顔に人らしい感情が浮かんできた。


「こちらこそ、今、めざましい発展をしているというエイルシア王国の王妃を招くことができたこと、またこんな地まで来てくれたことに驚くと共に感謝をしている」


 しかしと女王陛下は私を見て、言葉を続けた。


「しかしずいぶん、用意に時間がかかっておったようじゃの?」


「おまたせしました事、お詫びしますわ。ここまで寒いとは思いもよりませんでした……春が近いというので、油断していました。毛皮がとても重くて、筋肉がつきそうでした」


 ニコッと親しみを込めて私が笑い、冗談を飛ばすと、女王陛下はますます人らしい表情へとなっていく。最初に感じた美しさはあるけれど、少し親しみやすくなってきた気がする。


「エイルシアの王妃は権謀術数を使うと聞いたが、不思議と話していると心が近くなるのだが、気のせいだろうか?これもまた何か使っておるのか?」


「私が権謀術数を使うなんてとんでもありません。ちょっと小賢しい女なだけですわ。過大評価です。私は怠惰にすごすのが好きなただの王妃です」


「ほぅ。怠惰にとはどのようなことをするのだ?書状にも書いたと思うが、妾はエイルシアの王妃に興味があるのだ。こちらからそちらの国へ行けばよかったのであろうが、臣下が反対していたのだ」


「どうぞリアンとおよびください。女王陛下の身ではなかなか思うようにいかないこともあろうかと思います。両国の友好のために、私は参りたかったのです。女王陛下に興味を持っていただけるのも光栄なことです。怠惰にするとは……そうですねぇ。『くつろぐ』ことでしょうか?私の場合はゴロゴロ寝ながら本を読んだり、お茶を飲んだり、昼寝したり、ポカポカ陽気の中を散歩したりすることですね」


 女王陛下がクスッと笑った。その笑ったことに対して、周囲がざわついた。笑うのが珍しい……のかもしれない。


「聞きたいことはまだあるのだ。女であることで、皆にあなどられることがないだろうか?妾が即位したときもずいぶん苦労した」


「よろしいではありませんか?侮りたいなら相手には侮らせておけばいいのです。そのほうがやりやすいこともあるでしょう?それを逆手にとることも可能だと私は思います」


 なるほどと女王陛下は頷いた。


「噂どおり楽しいエイルシア王国のリアン王妃であるな!しばらく滞在できるのであろう?」


 しばらく滞在?日程はすでに決まっているのだけれど……。私はその言葉に少しひっかかるものを感じたが、とりあえず、ハイと返事をした。女王陛下は微かに唇をほころばせ、嬉しそうに見えた。


「リアン王妃と夕食も共にする!用意しておけ」


 お辞儀して、政務官らしい人が受ける。美しい女王陛下は私に言った。


「妾のことを美しき冬の女王と言うものがおるが、リアン王妃は春の女王の風格があると思う。このような場で圧倒されず、妾とやりとりできる者はなかなかいない」


 これは最高の褒め言葉だなとエリックがボソッとつぶやいたのを私は聞き逃さなかったのだった。


 私は膝を少しまげて、恐れ多いことですと礼をとったのだった。


 どうやら、うまくいったように思えると私は、氷の国の冬の女王をみつめるとアイスブルーの目は細められ、一瞬、その完璧な微笑みにうっとりとしかけたのだった。


 ……やっぱり来るのが、ウィルじゃなくて、私でよかったわと思う私なのであった。

 

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