いなくなった存在
「ど、どういう……」
ラッセルは扉を閉められると動揺した。いや、そんな困った顔されても困る。
「変な意味じゃないし、セオドアもいるから誤解するな」
「あ……ああ……なるほど」
ジリジリと後ろへ下がるラッセルを見て、オレは冷静にそう言う。
「自分のことは気にしないでください。陛下の御身をお守りする立場で、影のようなものです」
セオドアはさり気なく口を挟み、オレに何かしようものなら、自分がおまえを倒す!と宣言している。
「えーと、そういうわけだから、ラッセル、話をしよう。せっかく王宮政務官になったのに、このままだと辞めることになるだろう」
「リアン王妃に無礼な口を聞いたから、覚悟は決めている。ウィルはリアンのこととなると容赦しない。どうせ俺にもだろう」
「リアンからはこの事案、なにも聞いてない。やりとりを聞いていた護衛官からだ」
「は!?あいつがやり返さないわけがない!俺はひどいことを口にした。王に言って辞めさせることなど、わけもないだろ!?しかも自分の……好きな相手に……こんな感情持ってるやつなど……」
最後の方は小さな声になった。
「その、まぁ、聞きにくいことだが、それはその……男女間である恋愛的な感情なのか?」
うっ……と言葉に詰まるラッセル。直接的過ぎたか?それでもどこか腹をくくったようで、オレに向かって言う。
「そうだ。いつも穏やかでのんびりとした雰囲気のウィルのことが気になっていた。学力だってあるのにそれをひけらかすこともない。皆といて楽しく笑っている時もどこか寂しげで、どこか影があって目が離せなかった」
穏やか?誰のことです?とセオドアがボソッと言うが、まあ、ウィルしか知らない者ならばそう思うだろう。リアンにも怖いウィルは嫌だと最初に言われたし……あ、あの時のことをちょっと思い出して胸が痛いぞ。
「悪いが、それはウィルであって、オレではない。実際はこんなものだ」
「……どちらが本当の姿なんだ!?ウィルには、もう戻らないのか!?ウィルを返してほしい!俺の知ってるウィルに会いたい!」
ウィルのことが好きだったんだろうと思わせる発言だった。
「そういうけどな、ウィルもウィルバードも、どっちも本物だ。今は混ざりあっているがな」
「陛下としてのウィルはどうも違う。姿は同じなのに受け入れられない!そんな簡単に受け入れられるものじゃないんだ!」
だろうな。ウィルとウィルバードは180度違う。二人が混ざりあったといえども、王としているならばウィルバードの要素のほうが強いだろう。
それなのにウィルバートの自分を受け入れてくれたリアンの顔が浮かぶ。
オレはフッと息を吐いて目を閉じてから開けた。ウィルの時の優しい微笑みを見せる。
「ウィルとして私塾で普通の民のように自由であるように振る舞っていた僕はきっとリアンを手に入れなければ、いつか消えていた。ラッセル、ウィルはリアンがいてこその存在なんだよ。そして今はウィルとウィルバートと混ざりあっている。すまないけど、僕のことは諦めてもらえないかな?君が望む僕には一生なれない。この国を背負っているからね」
なんとも言えない切ない顔をラッセルはした。泣きたいような困ったような……。
「それは……もう……わかった。最近、傍にいたから……俺の好きだったウィルはもういないんだな。むしろ私塾にリアンがいたからこそ、あのウィルだったんだろう。……あのウィルを求めることはリアンを認めることか……なんて因果なんだろうな」
もっと反論するかと思ったが、意外にラッセルは肯定したのだった。オレは一瞬見せたウィルの顔は消して王の自分に戻る。
「さて、おまえが王宮政務官として働きたいなら明日は出仕しろ。したくないなら辞めろ。優秀な人材だから惜しいが、王のオレに仕えたくないというならばそれでもいい。どんなにウィルを求めていても、あの頃のウィルはいない」
今は自分らしくいられる。ウィルとウィルバートを分ける必要がない。
なぜならオレには彼女がいる。どちらの自分も愛してくれるリアンがいる。
ウィルはいないのかとラッセルは呟く。セオドアと共に部屋から出た。
「明日、来ますかね?辞めますかね?」
セオドアの問い、オレはさぁなと答えた。ウィルのいなくなった喪失感を思うと申し訳ないが、どちらにしろオレはその気持ちに答えられない。後は自分で気持ちを整理してもらうしかないのだ。
誰でも最後は自分自身で決めるしかない。
オレのなかのウィルが優しく穏やかに笑う。リアンが傍にいてくれて良かったねと。
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