女性達の嫉妬

 後宮の中の争いは、表立っては見えず、陰湿なものだった。


「きゃああああ!蠍です!」


 ハリムからの贈り物だという服の中から巨大な蠍が這い出てきて、アイシャが悲鳴をあげた。


「リアン様!触ってはいけません!」


「わぁ……図鑑で見るものとはまた毒々しさが違うわねぇ」


「えっ?」


 私はヒョイッと飾られていた豪華な飾りが施された壺を持ち上げてかぶせた。アイシャが固まる。


「ええっと……リアン様?」


「研究材料としては、貴重な品だと思うわ。これ珍しい蠍だから、とっておくといいわ」


「おかしいでしょう!?ここは叫んで怖がるところです!」

 

「珍しい品種すぎて殺せないわ。こういうの欲しがる研究者は多いのよ。意外と猛毒が薬になることもあるの。大事にしましょ」


 喜びそうな私塾の仲間の顔が何名か浮かぶ。アイシャが意味わかりませんと呟いていた。  


 次の日のことだった。不満げな顔してアイシャが部屋に入ってきて言う。


「第二夫人のお茶会にリアン様だけ呼ばれてません。見てください!あれを!」


 着飾ったたくさんの女性達が後宮のホールでキャッキャと楽しげにおしゃべりしている声がする。なるほど。朝から声がうるさいと思っていた。私はへぇ……と言って、特に興味もなく、部屋でゴロゴロ寝転がり怠惰に過ごす。


 その姿にアイシャが呆れる。


「あの……焦りとかないんですか?」


「なんで?怠惰に過ごすのが一番よ。おしゃべりをしたい人はすればいいし、寝ていたい人は寝ていればいいのよ。私は怠惰に過ごすのが大好きなの」


「それはそうですが。明らかに、いじめのターゲットにされているのに、やけに余裕ですね?」


「まだまだ可愛いものじゃないかしら?」


「どんな人生送ってきてるんですか?」


 ウィルバートの時は牢屋に入れられたから、このくらい、まだ許容範囲……って、慣れって怖いわね。


 後宮のそんな様子を聞いたらしく、ハリムが私と碁を打ちながら笑って言った。半ば面白がっている様子だ。


「嫌がらせを受けてるらしいが?大丈夫か?罰してやろうか?」


「けっこうです」

 

「気の強い女だな。そこは助けてくださいと懇願するところだろう?俺が一声かければ、犯人も捕まるし、どんなやつでも跪いて涙を流して許しを請う」

  

 パチッと私は黒い石を盤上に置く。


「そうしたところで、心からの理解を得られなければ、再び起こるわ。狭い後宮の中といえど、国政と同じよ。民だってそうでしょう。恐怖で人は抑えられないわ」


「そんな深い問題か?たかが女同士のいざこざだぞ?」

  

 白い石をどこに置こうか、ハリムの手がウロウロしている。


「たかが……というけれど、あなたを産んだお母様も後宮の女でしょう?」


 ピタッとハリムの手が止まる。


「母などいないに等しい。幼い頃に父から不興を買ったらしく、どこぞの離宮に行かされた。俺が王となって、呼び戻そうとしたら、そこでの豪華な暮らしが楽しいから帰りたくないと拒否された」


「お母様が?」


 フンッと鼻を鳴らして、口の端をあげ、皮肉げに笑うハリム。


「女などそんなものだ。贅沢な暮らしができれば満足なんだろ」


 今日も碁に負けたハリムは機嫌が少し悪くなったのがわかった。


「普通のやつなら、わざと負けて王の機嫌をとるんだが……」


「そうやって勝っても楽しくないでしょう?褒美にドレスや靴や宝石はもういらないわ。本を読みたいので、用意してくれないかしら?」


 部屋にまだ着ていないドレス、靴、装飾具が積まれている。使い切れない。


「本?そんなもの女のおまえが読んで何になる?必要ない。余計な知恵をつけるな。ただ王を喜ばせることだけを考えてろ」


「そんな退屈なことに私は興味………キャッ!」


 ドサッと横になって寝ていたハリムが座っていた私の腕を掴んで倒す。腕を強く掴まれていて痛い。


「いつまでも、その生意気な態度を続けるのは関心しない」


「な、なにするのよ。お気に召されないなら、私を後宮から追い出したら!?」


「それはダメだ」


 なんで!?と問う前にハリムがハァ……と疲れたような重いため息をつく。よく見ると顔色が悪い。額に汗も浮かんでいる。


「大丈夫なの?体調が悪そうだけど?」


「しばらく休めば大丈夫だ。黙ってろ」


 そう言うと、ハリムは私の腕を離して、私のクッションを奪い、寝始める。……寝るの!?ここで!?スースー寝息をたてている。


 王とは難儀な者よね……ウィルも疲れていてもその顔を他の人に晒すことはない。時々、意識を失うように眠ることがあった。

 

 それから、しばらくたって目を覚ますハリム。ぼんやりとした頭らしく、珍しく呆けたような油断した顔をしている。


「リアンは裏表がなく、俺に物事を言うから好きだ。だからつい安心して眠ってしまった。男と女の関係という感じがしないな。おまえ、不思議なやつだよな。もう少し俺のことを拒否しないで受け止めてくれれば良いんだがな」

 

 フッと優しく笑い、そう言ったハリムに私の心は、チクリと少し痛む。裏表があるのよ。ごめんね……と。

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