盤上の戦い
私の手には白い石。ハリムの手には黒い石が握られていた。
「これは……なんだ?どういうことだ?」
白い石が黒い石を囲み、陣地を広げていく。困惑する王はターバンを脱ぎ捨てた、ゴロンと寝転ぶ。長い黒髪がパラッと落ちる。
「なぜ、急にくつろぎだしたの?」
「く、くつろいでなどいない!熟考しているんだ!」
それは失礼しましたと私は次の一手を長考するハリムを待つ。顔が焦っている。
「まだなの?」
さらに追い打ちをかけるように私は焦らせる。焦りはまともな思考を奪う。
「もう少し待て!良い手があるかもしれない」
「無いと思うわ。いくつか手は残されているけれど、陣地を取り返せるほどの手は無いわね」
くっ……と悔し気な声がする。
「王様、戦も同じことです。引き際が肝心よ。そろそろ降参してはどうかしら?無理に相手の陣地に入り込めば傷を深くするだけよ」
「あああああ!わかった。降参する。……まさか女に負けるとは!!」
「まあまあの腕前ね。でも、これが戦なら陛下は犠牲者を出しているわ」
「……確かに。碁は兵の配置にも通じる。もし戦をしていたら負けてるな。噂通りの王妃というわけか。ただユクドールやシザリアの二国を退けたわけではないんだな。うん!余計に気に入った。絶対に勝って、リアンを俺のものにしてみせる!」
燃えるハリム。思った通り負けず嫌いの性格だわ。
「私が勝った褒美に、あなたに宛てたというエイルシア王の手紙を見せてくれないかしら?」
「それは断る。王家の印だけで十分証拠になろう。何をそんなに気にしてる。いずれエイルシア王国よりハイロン王国が良いところだと言わせてみせる!さらにエイルシア王よりもこのオレのほうが好きだと思わせてやる!今回の褒美は後で、物を贈らせよう」
物はいらないわよ!と言いかけてやめた。ふーん……物の贈り物ね……と考える。
「それならば、私の欲しいものをお願いしてもいいのかしら?」
「いいぞ。なにがいい?」
「エイルシア王国で使っていた香水が欲しいの。とても貴重な品で珍しい物のため、難しいかもしれないけれど、手に入れられるかしら?気に入っていたので、使いたいの」
「わかった。ハイロン王国に手に入れられないものなどない」
自信たっぷりにそう言って、王は出ていった。ふぅと私は嘆息した。アイシャが入れ替わるように入ってきて、興奮気味に私に言う。
「す、すごいです!まさか陛下がお気に召すなんて!!しかも第一王妃様のところへは行きませんでしたよ!すぐに帰っていきました。香水を探してみせると息巻いてました。きっと香水を用意して贈ってくださるんですよ!」
私はアイシャの声を半ば上の空で聞いていた。あの手紙は本物ではないと思う。ウィルはそんな私をいらないからって、他国に売ることはしないもの。絶対無いわ。それは信じてる。
……いらないなんて思わないわよね?ウィルを信じてる。
でも、もし怒っていて『好きにしろ』というような手紙だったら?『もう振り回されるのは嫌だ』って思っていたら?
ブンブンと首を振る。冷静になるのよ!リアン!あれはウィルが出した手紙ではないことくらい8割はわかってるわ!偽装に間違いない。残り2割のくだらない妄想に惑わされてはダメ。
ウィルに会いたい。
ぽつりと小さくつぶやいてしまった。これが自分の本音なのだと自覚する。
――—この後、しばらく砂漠の王宮では碁が流行ることになる。王が突然、碁に励みだし、周囲に相手になれ!と言っているらしいということだった……。
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