黒曜石の目

 私は扉から覗いてみたものの、後宮の女性達が部屋から出て、一斉に陛下から声をかけてもらうために並んでいるので、見えない。


 人の壁ができてる。皆が王様に気に入ってもらいたい一心なのだろう。


 見るのを諦めようかしらと私がドアから離れようとした時だった。眼の前に白いターバン、白の服に錦糸や金糸の刺繍をしている服を着た青年が立っていた。


 高身長で、黒い黒曜石のような黒い目。褐色の肌。人に有無を言わせないような威圧感のある雰囲気。


「おまえか?リアンというのは?」


 そう言って、自室へ入るように手で示す。アイシャは素早く動き、部屋を調える。そして男に出ていけと言われ、チラッと私を見てから、無言で去っていく。室内には男と私だけになった。


 この人は私の名を呼んだということは、私のことを知っている?思わず目を細める。部屋の空気が重苦しいものになる。


「私の名を知っているのはどういうことなのかしら?後宮に出入りできるということはあなたはこの国の王様で、もしかして、うちの国の違法奴隷商と繋がっていた?それは反逆者とも繋がっているということを自ら暴露しているんだけど、あってる?」


 私の言葉に黒い目が見開かれる。


「ベラベラとよく喋る女だな。俺を目の前にして、よくそんな口の利き方をできるものだ。噂に違わぬ王妃のようだな。逆に本物の王妃だと確信できるな」


「やはりわかっていて、奴隷商から買ったのね?」


「俺はただ、そっちの国から持ち掛けられた話を承諾しただけだ。『エイルシア王の元王妃はいらないか?』とな。どんな罪を犯して、奴隷になったんだ?エイルシア王を怒らせたのか?」


「怒らせてないわよ!犯罪者でもないわ!連れてこられたの。悪いけれど、この後宮から出たいの。こっそり国へ帰してもらえないかしら?」

 

「それはできん。悪いな」


 なぜ!?と私が首を傾げると男は楽し気にハハッと笑った。


「俺が気にいったからだ。智謀の王妃の噂はここまで届いているぞ。生意気な女だが、俺にハッキリものを言う女は後宮にいない。一人くらい変わった女を置いておいても邪魔にはならん」


 変わった女?私のどこが変わってるのよ!?いや、そこを突っ込んでいる場合ではないわね。


「私は手違いで、ここにいるの。ウィル……エイルシア王が探してると思うのよ」


「探してはいないと思うぞ」


「え?」


 私は眉をひそめた。懐から一通の手紙を出した。エイルシア王家の紋章印。それを使えるのはただ一人。王のみ。


「いらぬ王妃だから、もらってくれてかまわない。一生、ハイロン王国から出さないことが条件だと書いてある。だから、何をした?と聞いた」


「そんな……ウィルがそんなこと言うわけないわ!それは偽物の手紙よ!筆跡を見せてほしいわ」


「もはや関係ないだろう。おまえはここにいる。俺の物だ。その白い肌にエメラルド色の目が美しいな」


 宝石がついた指輪だらけの手が伸びてくる。私は目を逸らすことなく、相手をにらみつける。


「ちょっと待ちなさいよ」


 ピタっと手が空中で止まる。


「なんだ?」


「私との勝負にまず勝ってもらいたいわね」


「勝負?」


「私は私より賢い男が好きなのよ。私に勝てぬ男に興味はないわ」


「なんだと?俺がおまえに勝てないとでも?」


「勝てる自信があるの?あるなら勝負を受けたらいかが?」


 腕組をする砂漠の王。しばらく無言になる。無礼だと斬りつけられるかもと一瞬思ったが、この人は本気で私のことを面白いやつだと思っているらしく、遊び感覚でかまってるにすぎないようだ。


 その遊び感覚が、命取りにならねばいいけれどねと私は心の中で皮肉っておく。


「よし。受けよう。女ごときに負けるわけがないからな!」


 こういう無駄に自信のある人は逆に扱いやすいものだ。


「碁盤を用意してちょうだい」


「碁盤?」


「そうそう。ないの?」


「いや、ある。女に碁ができるのか?」


「なんならカードでもチェスでもなんでもいいのよ。ゲームで、私に一度でも勝てたら。もしかして、私、あなたに興味がわくかもしれないわ。砂漠の王様」


「ハリムと呼んでくれないか?」


「陛下、そう呼んでもらいたいなら、ゲームで砂漠の王様が勝てば、そう呼ばせていただきますわ」


「……おもしろい。おもしろすぎる女だな。俺が名前を呼んで良いと許可すると、たいていの者は大喜びするんだがな」


「私は違うわ」


「そのようだな!おい!碁盤を用意しろ!」


 王の言葉が響いた。はい!と慌てた声がドアの外からした。


「さあ、ゲームを始めようか?」


 異国の砂漠の王、ハリムはそう言ってニヤリと楽しそうに笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る