蛇は尾を打たれても頭を持ち上げる

「そろそろ来るだろうと思いましたよ」


 リアンをどこにやったんだ?そうお祖母様に問い詰めようとしたが、その前に先手を取られた。オレの後ろに三騎士が並ぶ。普通の神経の老夫人なら、それだけで怯えそうだが、べラドナお祖母様は平然としていた。


 民意に背くため、オレが今は斬れないことすら読んでいるんだろう。ここで斬れば、無罪の思いやり深い老婦人を荒ぶる獅子王が葬った。乱心したか?と言われるだけだ。このためにお祖母様は長年、慈善事業に力を入れていたのか?とでも疑いたくなる。


「それなら何の用で来たかわかるな?」


「一国の王たるものが、たかだか女性一人に見苦しいことです」


「たかだか?」


 オレがイラッとするようなことを言う……いや、ここで怒れば相手の思うつぼだ。落ち着けオレ。


「真剣に話をしたいなら、その後ろの三人を下げなさい。二人きりで言っておきたいことがあります」


 陛下!危険です!とトラスが言うが、オレは下がるようにと視線で合図する。オレの苛立ちに気付いている三人は大人しく、従う。いつもふざけるエリックすら大人しい。それなのに、このベラドナは殺気立ったオレの気配を感じているのに落ち着いている。恐ろしいほどの落ち着きぶりだ。もしかしたらお祖母様はリアンと同等レベルの策士なのかもしれない。


 二人きりになり、お祖母様が口を開く。


「あの王妃の所在を聞きにきたのでしょう?教えてあげてもいいですよ。そのかわり条件があります」


「条件?」


「あの娘はエイルシア王家に相応しくありません。男爵家でもともとは小汚い商人の家でしょう。即刻、後宮から追い出し、高貴な血を持つ家門から正式な王妃を迎えなさい。あなたに流れている平民の血はそれで許して差し上げましょう」


「なっ……!?」


「王は王家、国のために存在するのです。愛してるだの、好きだからだの、一人しか娶らないなどと、甘えたことを言うあなたには失望しかありません。今の商人出の王妃には後継者がいないから好都合でしたね。わたくしは王家のためにしか動きませんよ。エキドナ公爵、息子の仇、恨みであなたたち二人にこんなことを言ってると思っていたのですか?」


 老婦人はゾッとするような酷薄な笑みを浮かべる。


「王家のためだけにしてることなのですよ。伝統と歴史あるエイルシアの未来を考えてのことです。汚い血を混じらせることをしたくなかったのに、あなたの父は本当に無能ですよ。しかたないから、あなたがその罪を贖ってもらいますよ。美しいエイルシア王家存続のために」


 オレは冷たい汗が噴き出すのを感じる。お祖母様はずっとこんなことを思っていたのか?


「そもそもあなたの父は甘いところがあるから嫌いだったんです。エキドナ公爵は利用するものは利用し、割り切れるのよ。王はそうでなくては務まらない。昔、あなたの父とエキドナ公爵に小鳥を飼ってあげたことがありました。どちらを王にしようかしら?と思っていて、小鳥の命をかけて調べてみたんです。二人ともたいそう可愛がっていた。でもある日、その小鳥を蛇に食べさせた。あなたの父は泣いて、エキドナ公爵は平然としていた。だから王になるにはエキドナ公爵にしたかったのに、うまくいかなかった」


「王に……慈しむ感情や悲しむ権利はないと言いたいのか?」


「そんな些細なことにとらわれて、王家や国を守れるわけがないでしょう?実際、あなたの父は国を傾けかけてましたしね」


 父は確かに、あまり王としての仕事に熱心な方ではないとは思ったが……。


「その点、あなたは冷たく、強く、残酷さも兼ね備えることができたようだったから、安心していたのに、あの女が現れてから、呆けたようになって残念ですよ」


 ベラドナめ……だから今さらエキドナ公爵を使って仕掛けてきたっていうわけか?


「それは違う。オレは本来のオレを隠していただけだ」


 ずっと闇の中を歩いているような感じだった。でもリアンが傍にいてれれぼ光を目指して歩いていけると思ったんだ。


「あなたの思う王にはなれないし、なりたくない。オレは人らしい感情を捨てた王にはなりたくない。リアンがいるからこそ、オレはこの国を良くしていこうと思えるんだ」


「それでは交渉は決裂ね。あなたはあの王妃がいなくなれば元のあなたに戻るでしょうしね」


 力ずくでも吐かせたい、できないなら、この胸糞悪いお祖母様を斬り捨ててやりたいという思いが沸き起こるが、グッと拳を握りしめて耐える。


「教えて、命ごいをしておけばよかったと後々、思わせてやる」


 オレは低い声音でようやくそれだけを言うが、脅しにすらならなかったのか、クスッと笑われる。その表情を変えさせてやるからな!


 部屋から出ていくと、三騎士たちがいた。


「陛下、顔色が悪いですよ」


 エリックがそうボソッと言う。


「ああ……ちょっと気持ち悪くて。邪気にやられた」


 父の時からすでにこの王家にかけられた呪いは始まっていたのか?いいや。もしかしたら祖父の代からかもしれない。怒りとべラドナの異常さに頭がクラクラとする。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。少し時間はかかってしまうことになるが……リアンを探す。一旦、王城へ戻るぞ」


 了解しましたと答える三騎士は気付いたようだった。べラドナとの話が気分の良いものでなかったこと、この事件を糸引く人物が只者ではないことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る