師は遠くにいても生徒たちを想う

 オレが行動に移そうと立ち上がった時、手紙が来ておりますと宰相が震える手で差し出す。殺気立った雰囲気に気圧されて、やっと手紙を渡せたという感じだった。


 師匠から?こんな時に?いや……こんな時だからこそか。


 相変わらず短い文章が並んでいた。


『今すぐ老婆を斬れば民は離心する。自制し、時を待て。水の流れのように動くが良い、彼女の敷いた道が見えるだろう』


 師匠はいつも良いタイミングで手紙をくれる。遠くにいてもオレとリアンのことを見透かしている。


 どうせリアンを助けに行くし、リアンの思惑にのるんだろ?でも心を落ち着けよって言いたい手紙の内容である。


 深呼吸を一つする。リアンの考えはなんだ?オレに何をさせたい?師匠からの手紙で頭が少し冷えた。


 周囲は静まりかえり、オレの指示を待っている。


「まずは……アナベルに王妃の身代わりを頼みたい。王妃不在であることを隠し通す。犯人の目星はついているが、今は捕らえる材料が足りない。大事にできないから、兵は動かせない。オレたちでなんとかしなければならない」


 王妃が勝手に後宮から出ていなくなることは罪に問われる。オレの姉がシザリア王国から出てきたときも命がけだっただろう。比較的、新しい国で自由な雰囲気のあるシザリア王国だからこそ、姉は許され帰って行った。エイルシア王国の王女だということも無下に扱えない理由だ。ましてや後継者の王子がいるため、将来の王を産んだ姉の地位は大きい。


 だけどリアンはどうだろう?男爵家の娘で地位はそれほど高くなく、後継者の王子もいない。王妃の座から引きずり下ろして、わが家の娘をという者はいまだに多い。王妃としての地位が盤石ではないのだ。


「陛下。わたしは引き受けます。どうかリアン様をお願いします。止められなかったわたしが悪いのです。お嬢様は悪くありません。ああ見えますが、優しくて気が良すぎるのです。人を助けるために、動いてしまう方なんです。けっして陛下を蔑ろにしているわけではありません」

 

 アナベルの切羽詰まったような震える声にオレは安心させるように笑う。


「大丈夫だ。リアンのことはよくわかるよ。アナベルでは止められない。オレだって止められたことなんてないからな」


 リアンはオレ、クラーク男爵、2国の王の特徴をよく捉えている。オレに何をさせたいのかなんとなくわかるんだ。話を聞いていなくてもわかる。


 自分の命を賭けて、オレに選ばせるなんて無粋だよ。オレが選ぶのはリアンを助ける道しかない。


 そもそもこの策はオレのためだろう?絡みついた蛇の因縁を断ち切るために。その蛇は長い年月をかけて、この国の地中深く潜り込んでいる。駆除するには相当大変で、その尾を捕らえることができるかどうか……捕らえることができればオレ達の勝ち、捕らえられねば負けだな。


 負け戦は御免だ。


「トラス、フルトン、エリックはついてこい。セオドアはアナベルの護衛につけ。宰相、おまえの首に賭けて、王妃の不在の箝口令をしいておけ!いいな!」


 はい!と皆が返事をする中、宰相だけは相変わらず、そんなぁ~と情けない声をあげるのだった。……仕事をしないなら、本気でこいつを今回こそ首にしてやろうと思うのだった。

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