善意の仮面をつけて近寄る者

 僕の母はとても優しくて儚げな人だった。


「ウィルバート、ごめんなさいね。もっとお母様が強ければ、あなたに嫌な思いをさせずに済むのに……」


 金色の髪をしている美しい母は悲しげにそう言って僕を抱き寄せた。後宮で己の身を守る術の無い母が唯一できることは僕を抱きしめて愛情をかけることだったのかもしれない。


「平民出の王妃ですって?どおりで品がない歩き方をしてると思ったわ。所作が下品よ」


「何一つ自分で持ってきたものが無くて、陛下から与えられたものばかりなんですってよ」


「嫌だわ。平民風情が同じ後宮にいるなんて!平民の匂いが不快ですわ」


 母への攻撃は僕を産んでも変わらなかったと聞く。むしろ僕自身にもそれは及んだ。ある日のお茶会のことだった。


「殿下!危ない!」   


 メイドの一人が叫んで、僕を突き飛ばした。僕をかばってくれたメイドは火傷をしたらしく赤くなった手や腕をおさえている。


 顔をあげて、お茶のポットを倒した王妃の一人の表情をうかがうと、申し訳無さそうにするわけでもなく、火傷の痛みに耐えるメイドとあ然としている僕を上から見下ろして悔しそうに言い放つ。


「余計なことをして……」


 そのメイドは治療院でしばらくすごした後、姿が見えなくなった。

 

 母は守れなくてごめんなさいと泣いていた。そうだ……記憶にある母はよく泣く人だった。


 そんな時だった。


「あなたのお父様のお母様、つまりあなたにとってはお祖母様が最近、とても良くしてくださるの」


 珍しくニコニコして話していた。僕にも会わせたいわと言う。夜会の後は塞ぎ込むことが多かったけれど、この時の母はとても明るくて僕も嬉しくなったんだ。


 同時にそのころ僕にもエキドナ公爵が優しくしてくれて………そうだ同時期だった。母にベラドナお祖母様が接触してきた時と僕にその息子のエキドナ公爵が接触してきた時は、今、思い出してみると重なる。


 二人はまるで母と僕の痛みをわかっていると言わんばかりに親身になってくれて……。


 そして事件は起こってしまう。


「お母様!」

  

 長い金の髪が地面に花のように広がる。お茶を飲んだ母は倒れた。僕は何度も何度も母の名を呼んだ。


 ガバッと起き上がった。汗が滴り落ちる。


「……夢。懐かしすぎる夢だ」


 幼い頃の夢は苦手だ。今の僕……じゃないオレはよくわかる。今ならわかる。


 ベラドナお祖母様は狡猾で自ら手をくださない。汗が冷たい。心臓がドキドキするのを落ち着ける。


 金の髪の愛しいリアンをが頭に浮かぶ。また殺されたらどうする?オレはまた失うのか?


 いや、リアンは母とは違う。近寄ってきた瞬間から疑っていた。彼女が母のようになることはない。……きっとない。彼女は大丈夫だ。今のオレなら守りきれるはずだ。


 母はベラドナお祖母様とエキドナ公爵によって亡き者にされた。証拠が残らないようにうまくできていた後宮内での死。幼すぎて無力な僕は母のために犯人をあの時、暴くことすらできなかった。


 手の甲で額の汗を拭う。


 一番の敵は傍に潜んでいて、オレの幼い頃から、すでに策を練っていた。それは目に見えないように巧妙に隠されてきていた。善人の仮面を被った優しいお祖母様の仮面を剥がす必要がある。


 だけどどうやって?自分の息子のエキドナ公爵が断罪されたときも剥がれず、うまく立ち回り、関係ない顔をし、立ち回っていた。誰もが納得する理由がなければ罪には問えない。世間ではベラドナお祖母様は慈善事業に励む素晴らしい方と言われている。


 厄介だなとオレはまだ暗い部屋で呟いたのだった。


 今夜は後宮で休まなくて良かった。悪夢を見る時は、見ることを前もって誰か教えてくれるといいのになといつも思う。


 リアンに心配かけたくないんだ。彼女は勘が良すぎるからな……。


 母を救うことはできなかった。オレ自身も善人ぶった甘く優しい言葉に惑わされていた。だけど今回はその仮面を剥がしてやる。この先のオレとリアンの未来を守るために!

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