その男、正体は明かさず
「……で、呼ばれたわけか」
「お父様なら、お手の物でしょう?」
王宮の客間に招かれたのは、クラーク男爵のの父だった。
「自分のことは自分でなんとかしろ」
「そう言うと思ったわ」
「そう思ったのに、なぜ無駄足を踏ませた?商人にとって、時間は宝!時間は金!なんだぞ!」
「娘の頼み事より商売なの!?」
「娘の頼み事より商売が大事だ」
きっぱりと言い切る。相変わらずだわ……ホントにこの男は愛する妻のためにしかお願いごとはきかないのよね。その他は娘であろうと容赦無い。
「世界商人の力を借りたいのよ。可愛い娘のピンチなの」
「はあ?世界商人……なんのことだ?」
とぼける父。
「私がずっと気づかないだろうって思ってなかったでしょ?いずれ教えてくれると思っているんだけど」
「さぁ、なんのことだ?」
頑なにとぼける。
……まぁ、いいわ。
「今、お忍びでシザリア王とユクドール王が来てるの。私がお願いしたら、会うことができるわ」
ピクッと父の眉が動いた。この一言でわかったらしい。二人の王と商談の機会があれば、商売が広がるチャンスなのだ。
「いい娘を持って幸せだよ。それで?何をしてほしいんだ?」
突然ニッコリ笑顔になる父。手のひら返しが早い。娘のピンチということより商売のチャンスのほうに惹きつけられる。それもまた父に流れる血と教育された賜物なんだろう。商人に頼み事をするなら、取り引きしかない。
「私に関する噂を消してほしいの。変な噂が流れてるようなのよね」
「あー……あれか。知っているがな」
知っているわよね!そうよね!でも私から頼まないと動いてくれないのよね!?と言う言葉を飲み込む。父はそういう人だ。
「消すことは無理だが、上書きすることはできる。人の噂話は移ろいやすいからな」
……と、父が言った後に、おまえはと苦々しく付け足しだした。外に声が漏れないようにお説教タイムの父親の顔つきになる。
「噂話は半分嘘で半分事実だろう?やはり余計なことをしていたんだろ!?陛下にお任せしておけ!なぜおまえは余計な知恵を働かせ、勝手なことする?大人しくできんのか!?」
「大人しくしてることなんて、世界商人の血を受け継ぐ娘には無理でしょう」
「世界商人と言うな!違うと言ってるだろう!?」
あくまでも白を切るらしい。
「獅子王と呼ばれるウィルバート様に任せておけばいいんだ。おまえはニッコリ微笑み、後継ぎでも作ることを考えていれば……なんだ?その顔?」
「もともとの顔よ。お父様の言ってることは正しいのかもしれないわ。だけど私はお父様の知らないウィルバートを私は知ってるの。王に獅子の爪や牙がなければ、簡単に国は征服される。ウィルバートは必死で牙と爪を研いでいる。それを助けたいと思うことが悪いことだなんて私は思わないわ」
私の少し不貞腐れたような半眼になった顔にお父様が苦笑で返す。
「人は生まれる場所を選べるわけではない。王になるべくして生まれたならば王として生きなければならない。獅子の爪や牙を敵に向けて生きるしかない」
「お父様も世界商人の家に生まれたから、商人として生きてるわけ?」
うむ……と頷きかけた父は慌てて首を横に振った。もはやバラしてもいいんじゃないかな?と思うんだけど。
「問答はここまでだ。仕方ないから噂はどうにかしてやろう。確かにおまえはピンチかもしれん。身辺に気をつけろ。しばらく外に出ることは控えろ。巷に変な宗教が広まりつつある」
「変な宗教?」
「『エイルシアの女神』そう称え崇めている集団がいる。おまえのことをな」
「はぁ!?め、女神ー!?」
「どこが女神だと言いたいが、そうらしい」
「私、怠惰の神ならなれそうだけど……違うのよね?」
父が怠惰の神ってなんだ?と呟いてから苦々しく続けた。
「この国を守護し救う女神らしい。それも強大な魔法で奇跡を起こすという話だ」
「ありえないわ……」
「ありえないとリアンを知るものなら、そう言うだろうな。魔法ではなく知恵だと気づく。しかし他人に依存し縋りたいものが欲しい者はそう思わないものだ」
現実主義者の商人の父は、理解できないんだと首を傾げた。父は大好きな妻以外はお金しか信じてないかも……。
「わかったわ。気をつけるわ」
そうしろと言って、父は忙しいからと慌てて帰っていった。後日、二人の王と会える日を知らせることにする。
『エイルシアの女神』なんて呼ばれる日が来るなんてね。私はけっして嬉しい気持ちになれなかったのだった。
情報操作されてるなら情報操作をし返すまでだ。父は影で暗躍するプロだから、きっとうまくやってくれるだろう。
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