人の甘さにつけ込む

「最近、時間があると聞いてますよ」


 外出できなくなった私は確かに怠惰に過ごしていた。そんな私に嫌味をわざわざ言いにきたらしい。


「親しげに訪ねてくださって嬉しいですわ。ベラドナ様」


 品の良い老婦人はご機嫌だった。きっと彼女の思い通りに事が動いているのだろう。


「孤児院の子どもたちが優しい王妃様へ渡して欲しいとのことでしたから、持って来たんですよ」


 手紙が机に置かれた。子どもたちから……?


「思いのほか、リアン王妃様は子どもに人気だと聞いてますよ」


 字が書けなかったはずだけどと、手紙を開くと、そこには私が教えた自分の名のスペルに可愛らしい絵が添えられていた。


 思わず微笑んでしまう。そこに文章はないけれど、何を子どもたちが伝えたいのか、私にはわかった。


 ふと、最後の一枚を見て、手が止まる。アレクという男の子だった。この絵は……。

 

 絵の顔の表情は笑顔なのに真っ黒な自分の顔とぐるりと取り囲む線はまるでヘビのよう。それが自分の手足に巻き付いていた。


「どうかしたの?」


「え?いえ……なにも……」


 ベラドナ様はまた来ますよと言って帰って行った。傍に控えていたアナベルが私の緊張感を察してたらしく、フゥと息を吐いた。


「良い方に見えるんですけどね」


「そうね。本当に良い人の仮面をつけるのがお上手だわ」


 周囲から見ると、ベラドナ様は孤児院の子どもたちの可愛い手紙を届けに来た優しい老婦人だ。


 子どもたちの手紙を私はそっとしまった。……ベラドナ様の手の上で、この私が踊らなければならない時がある。それを手紙で確信した。


「お嬢様?また何か考えてませんよね?」


「な、なにも考えてないわよ!」

  

「そうですか?なんだかアナベルは嫌な予感がしましたよ……その鋭い目をするときは、何か起こる予感がするんですよね……」


 アナベルの洞察力、磨かれてるわね。私付きのメイドを長くやっているとこうなるのかしら?と頬に一筋の汗が流れた。


 ベラドナ様は私の性格をよく把握していたと言わざるを得ない。


 その数日後のことだった。私の部屋にやって来たメイドが困ったように告げる。


「あの……こんなことお伝えしてもいいかわからないのですが、リアン様に会いたいと泣き叫ぶ女の子が城の裏口に来てまして……なんでも孤児院の子どもだそうです」


 え?と私は本から顔をあげる。


「申し訳ありません!本当に……しつこくて、追い払うなら追い払います。用件だけでも聞こうとしたのですが、リアン様にしか話したくないと言うのです」


「わかったわ」


 私は立ち上がって、城の使用人用の裏口へ行った。


 そこにいたのは目を赤く泣きはらした孤児院の女の子……アリシアだった。


「リアン様!」


「どうしたの?」  


「またいなくなるの。アレクもどこかへやられちゃう!」


 孤児院の子が去っていくのは珍しくない。引き取り手がみつかればいなくなるものだ。


「そうじゃないの!前にいたヴァンもベイルもみんな……みんな……怖い人に連れられていくの!助けて!」


 お願い、助けてを泣きながら繰り返す。私はわかったわ……とやっと声を吐き出した。


 私は甘い。その甘さを捨てないといつか命取りになるぞと師匠が言っていたことがある。ウィルは自分の甘さを捨てていることがある。時々残酷なウィルバートになる。それは王になるには必要な強さだ。私はできていない。その違いは大きい。


 この子の願いに添うならば、私は……。

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