帰らぬ王たち

「それで慈善事業とやらに、王妃様は行ったのか?」


 シザリア王が尋ねてくる。真っ昼間だというのに片手に赤い液体のアルコールを持っている。


「そうらしい。今日は孤児院へ行くと言っていた」


 カリカリカリとオレは紙にペンを走らせる。


「似合いませんね。馬に乗って軍を指揮したり盤上の駒を動かして策を練っていたりするほうがお似合いです」


 クスクスと笑ってコンラッドまでシザリア王からグラスに液体を注いでもらい飲んでいる。


 なんだ?この優雅な二人は?王の仕事はどうした!?


「いつまで滞在して遊んでるつもりだ?二人共忙しいだろう!?」


「人材が豊富だから、多少国を空けても平気だ」


「ユクドール王国の臣下は優秀ですから」


 シザリア王もコンラッドもサラッとそう言い返してきた。羨ましい限りだとオレは苦々しく印を押す。


「普通の後宮にいるような、つまらぬ女になるか?」


「ならないでしょう」


「ははっ!同意見だ!」


「あんな癖のある性格が、どうにかなるとは思えません」


 二人はチェス盤を出してきて遊び、駒を動かしながらそんな話をしている。


「人の王妃のことを好き勝手言うなよ」


 オレが書類から顔をあげると満足そうにシザリア王がクイーンの駒を持ち上げて見せる。


「我々を手玉にとるほどの人材。普通に男なら金を積んで、スカウトしてる」


 金で動くかな?


「そうなんですよね。退屈しなさそうです」 


 事件は確かに寄ってくる。


 二人はもしかして、リアンに用があって滞在してるのか?


「あのなぁ……リアンは渡さないぞ」


 二人の王はわかってると苦笑した。


「あのベラドナお祖母様はヘビの紋章がお好きなのかな?」


 オレはシザリア王の言葉にハッとする。ヘビの紋章はお祖母様の息子のエキドナ公爵のものだ。


「この手紙が妻のもとに届いていた」


 シザリア王が懐から出し、スッと渡されたものを受け取る。この紋章……もはやエキドナ公爵家が無い今、使う者がいないはずだった。シザリア王の妻はオレの姉で、先日までこの国に滞在していた。


「中身を読んでも良いのか?」


 酒を飲みつつ、良いぞと言うシザリア王。手紙の内容は姉の不安や焦燥感をさらに煽るような内容だった。


 そして最後の一文。


『いつも見守っています。困ったことがあればエイルシア王国の扉は開かれてます』


 これをシザリア王が読んだとなれば、エイルシア王国が姉を呼んだと勘違いしてもおかしくない。


 チェスをしていたコンラッドが人差し指でポーンを弾く。倒れるポーン。コンラッドが勝ったらしく、シザリア王が面白くなさげにグイッと酒を飲み干す。


「ユクドール王国にもヘビの紋章の手紙はきてましたよね」


 そうだ。ヘビの紋章の手紙は前ユクドール王のもとにも届いていた。


 ユクドール王国はエキドナ公爵が仕掛けていたかもしれない。だが、エキドナ公爵がシザリア王に仕掛けることはできないはずだ。その頃は牢の中だった。お祖母様がしていたのかもしれない。いつからだ?いつからお祖母様は仕掛けていた?


 まだ何かしようとしてるのかもしれない。心のなかに不安が黒い染みのように広がる。


「シザリア王、これを知らせるためにわざわざ来てくれ、滞在してくれたのか?」


「いいや?居心地よいからいるだけだ。酒も食べ物も美味い!」


 ……早く帰れよ。仕事をしろ。


 そしてコンラッドはシザリア王を見て言い放つ。


「僕はそこの海賊がウィルバートに迷惑かけないか心配しているだけです。さっさと帰りませんかね?」


 おまえに指図されん!とシザリア王がコンラッドを睨みつけたのだった。

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