相手の悪意は優しく刺さる
「確かに、私はまだ未熟者で、民からの信頼もベラドナ様には劣るわよっ!」
ボスッとクッションを叩く。夜会で知人たちを紹介すると言ったが、あれは彼女を崇拝する者たちだった。
「お嬢様はまだ王妃になられてそんなにたってないのですから、焦ることはありませんよ。これからではありませんか」
アナベルは私を慰めるようにそう言う。さあ、肌の手入れをしますから!とアナベルは鏡台の椅子に座るように促す。手をゆっくりマッサージしてもらいながら、いい香りのオイルが塗られていく。
ベラドナ様は絶対に侮れない。優しい顔をしながら、影ですでに動いてる。笑いながらナイフを突き刺してくるタイプだから気をつけないと。私にとって苦手なタイプだった。
夜会での笑顔勝負の行方はベラドナ様に多少負けた気がした。
しかし何を企んでいるのかしら?私やウィルに恨みを持っていることは確かなのだ。自分の息子であるエキドナ公爵を長年、王座に据えたくて裏で手を回していたが、逆にウィルと私によって粛清された。
ウィルは私には言わないが、かなり重い罰を与えた。
オイルが塗られていくと、ふわふわとほのかに柑橘系の良い香りが漂いだす。アナベルがニコニコと私に笑いかける。
「アナベル、ご機嫌じゃないの?どうしたの?」
「えっ?そうですか?……ふふふ。実は街でお嬢様の良い評判を聞いてしまったんです」
「私の評判?」
アナベルは自分のことのように嬉しそうに語りだす。
「お嬢様が国を救ったというお話です。ユクドール王国、シザリア王国から不思議な力でこの国を守ったことが広まってきてるようで、わたしの家の者たちも知ってました」
「不思議な……力……そう……」
クスクスとアナベルは笑う。
「お嬢様がしたのは魔法ではなかったのに、それほど見事な手腕だったのだと、わたしはお嬢様を誇らしく思ってしまいました」
「アナベルに言われると悪い気はしないわ。ありがとう」
「あら……良い噂のわりにお嬢様、浮かない顔ですね?どうしてですか?」
「実像とかけ離れた噂は身を滅ぼす危険があるわ」
「でも事実だと思いましたが?」
事実とは少し違う。
変に噂が広まれば、どんなことでも不思議な力で王妃がどうにかしてくれると思い込む危険がある。さっさとこの噂を消させよう。クラーク家の力を借りるか、王家の力を借りるか……それとも……。
「お嬢様、意外と謙虚なんですね。当然よと笑うのかと思ってました」
「もともと謙虚よっ!」
意外とってなんなのよ。良い噂がすべて良き方向に行くわけではない。めんどくさいものは潰しておくに限るわ。
その数日後、私宛に手紙がきた。私はそれをウィルに見せた。
「招待状?」
ウィルが差出人の名を見て、顔を曇らせた。
「ベラドナ……お祖母様から?行かせたくないな」
「ただの奉仕活動のお誘いだし、行ってみるわ」
何を企んでいるのか、飛び込まなければわからないこともある。
「その顔は絶対言う事聞かないよな?セオドアかエリックに護衛させる。変だと感じたらすぐ帰る。いいな?」
「ありがとう。ベラドナ様が動き出してる気がして気になるのよね」
「それはオレも思ってはいるが……」
私は手紙をヒラヒラさせる。
「もし何か企んでいるなら、早いうちに芽は摘んでおいたほうがいいもの」
好戦的にニッコリ笑うとウィルがやれやれと呆れたように両手を広げるのだった。
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