この身には許されないこと

 ソフィーの息子も無事に帰って来ることができた。少年のカイル王子は無邪気だった。


「ありがとうございました!ぼく、あなたみたいな王になりたいです!」


 純粋すぎる目でオレを見る王子。そんな目で見ないで欲しい。


 ……オレは残酷なことを言うことにする。今なら少しだけ王であった父の気持ちがわかる気がした。


「甘ったれてる暇はない。母親のドレスのスカートの後に隠れている場合か?」


 ウィルバート!?とリアンが驚く声をあけたが、無視してオレは続ける。


「いつまで守られているつもりだ。前に出て戦え。恐ろしくとも痛みを伴おうとも。……それができないなら、さっさと王位継承を放棄しろ。オレが言えるのはこれだけだ」


 幼い王子はオレの冷たい言葉に身動きがとれなくなってしまう。フイッと目をそらして部屋から出た。


 父は……きっとオレのためにそうしたんだ。あの時、殴られずに頭を撫でられていたなら、オレはそこで終わっていた。怖がりで甘ったれのオレはずっと母の後に隠れていた。次は父の後に隠れることを覚えていただろう。


 オレが母の後にいた結果は母の死だった……オレのせいだったのかもしれない。カイル王子にはそうなってほしくない。ソフィーを守れ。自ら動き出せ!自分の身も母も守れるくらい強くならねば大切なものを失うぞ!


 まだ幼き王子にそう願わずにいられなかった。


「ウィルバート!」


 後ろから追いついてきたリアンが……ドンッとオレを押すように抱きついてきた。


「……王になる身には甘えは許されない」


「可愛らしい王子に、嫌われる覚悟で言ってあげたのよね。わかってるわ」


 リアンのことを振り返らない。今、顔を見られたくない。きっと微妙な顔をしてると思う。弱気な自分はカッコ悪すぎる。このままそっとしておいてくれ。


 それを口にしなかったが、そっとリアンは離れて、静かに戻っていった。


 あの純粋で優しそうな王子を見ていると、自分の過去を思い出す。王には許されないものがある。それを誰かが言ってやらねばならないときもある。


 はあ……嫌われてしまったかな?もしかしてオレの父もこんな気持ちだったのか?


 一人で、王座の間に行き、歴史を感じさせる椅子に座って頬杖をつくのだった。


 港でオレとリアンはシザリア王国から来た人々を見送る。大きな船が停泊し、エイルシア王国の人々は物見遊山気分で見に来ていたらしい。 


 それがようやく今日、動く。


「迷惑をかけた」


「最初から威嚇せず、事情を言ってくれればよかったんだ」


「力を示すことが一番手っ取り早いと思った。だが、戦い方とはいろんなやり方があるのだな。またエイルシア王国へ遊びにきてもいいか?」


「攻撃するつもりじゃないなら、歓迎しよう」


 シザリア王の横にオドオドとした目でオレを見つめる少年がいた。フイッと視線を外す。ほんと嫌になるくらいそっくりだ。母が居た頃のオレに似てる。


「ソフィーもカイン殿下もまた来てね」


 リアンがニッコリ笑う。ソフィーがリアンとオレを交互に見た。


「リアンのことわたくしは好きよ。ウィルバートのこと、この国のこと、よろしくお願いします」

  

 深々と頭を下げる姉。こんな謙虚な姿はここに来て、始めてじゃないか?


 また来るわね!また来るからな!と賑やかすぎる海の国の客人たちは帰っていった。


 やっと終わった。休暇どころか、忙しさに拍車がかかったな。


 ため息を一つ吐くと、オレの顔をヒョイッと覗き込む可愛らしいリアン。


「ウィル、今日の午後空いてる?」


「なんだ?空いてないこともない」


 リアンのためなら空けるぞと思う。


「休暇、ダメになっちゃったから、二人でゆっくり数時間でもいいから、遊びにいかない?」


 気軽に誘う恋人同士のようなノリでリアンは言う。……王に許されないこともあるが、たまにのっても良いだろうか?


「忙しいわよね?ダメ?」


 緑色の目で上目遣いしてくる。だめだ可愛すぎる。


「良いよ。行こうか」

  

 やったー!と無邪気に笑うリアン。たぶんこれも彼女の作戦のうちだな。オレが孤独を感じ、落ち込んでいたことに気づいているのだろう。今日のところは彼女の策に嵌められておこうか?


 そのために徹夜で仕事になっても構わない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る