あの木の下で

 私塾のドアを開けると懐かしい机や椅子が並んでいた。思わず、座ってみる。


「なんだか懐かしいわ。そんなに昔のことじゃないのにね」


 いつも座っていた椅子に座る。たいていウィルは私の右隣の席に座っていた。今もやはり同じ席についた。


 頬杖をつく。黒板に目をやると、講義を聞いたり皆で討議したりしたことが思い出される。


「リアンはとても楽しそうだった。見ていると、すごくキラキラしてて、羨ましかった」


「そんなに?」


「うん」


 ゴロンと机に突っ伏して目を閉じるウィル。なんだか……ウィルになると気が抜けた人になっちゃうのよねぇ。


「ここに二人いたのか。久しぶりだな!」


 ヒョコッとまた別の学友が顔を出した。


「久しぶりね」


 私が返事をすると、彼はハイッと紙を手渡す。


「ウィルとリアンが寄って行くかもしれないからって先生が渡してくれって」


「……なんでいつもお見通しなのかしら?」


 恐ろしい人だわ。


『石を投げられれば波紋は起こるものだ。しかし波紋が起こるのは水面だけで、水の深さは己しか知らない。』


 また謎の文章を!たまにわかりやすく書いてくれても良いと思うの。


「師匠、どこかで見てるんじゃないよな?リアンはわかる?」


 ウィルは机に突っ伏しつつ、文章を読み、苦い顔をした。


「……そうね。なんとなくわかるわ」


 紙を丁寧に折りたたんで懐に入れる。私の心の在り方を師匠は言っているのだろう。踊らされるな。操られるな。相手に気取られるなと。


 こんなコンラッドやユクドール王国からの揺さぶりにいちいち動揺してどうするの?私が信じる言葉は彼らのものではなく、ウィルなのだと。


 学友が私とウィルを交互に見て、ニッと笑う。  


「たまに顔をだせよな!二人がそうやって前みたいに並んでいると、なんか嬉しいよ」


 うんと私は頷く。そして彼はウィルの肩を抱き、ヒソヒソと話す。


「チャンスあれば、リアンを王様から奪っちゃえよ!諦めんな!みんな応援してっからな」


 またここでもそう言われるの!?私にも聞こえてるわよ……。


「頑張るよ」


 ウィルがそう答えている。あなたが王様本人なのに、どう頑張るわけ!?そう突っ込みたいのを我慢する。


 でもなんだか、私はだんだん可笑しくなってきた。


「いつ王様に愛想尽かされても、ウィルがいる!リアン、大丈夫だ!ナマイキ……いや、口が立つ女は煙たがられそうだなって皆、心配してるんだ!いつまでリアンが大人しく後宮で我慢できるのか!?とかな」


「心配してくれてる気持ちはわかったわ。なんか色々引っかかる言葉が節々に感じられたけど……」


 頑張れよ〜!と手を振られる。


 私とウィルは外に出る。ウィルはいつも昼寝していた木の下へ行くと寄りかかって座る。そして私を手招きした。ストンと私は彼の横に座る。


「久しぶりの私塾はどうだった?」


「えーと……一つ明らかになったことがあるわね。ウィルは私のこと、前から好きだったの?」


「出会った頃からね。学友たちはみんな知ってる。知らないのはリアンだけだった」


「あ……そ、そうなのね」


 勉強に夢中だったから僕なんて目に入ってなかったよなぁとクスクス笑うウィル。


「でもわかっただろ?僕がずっとリアンを待っていたこと、見ていたこと……僕にとって、君が王宮に一緒に居てくれる。それが奇跡的なことで幸せなんだ」


 私はそよそよと心地よく柔らかな風が通り過ぎていく木の下で頬が赤くなるのを感じた。いつもここで、ウィルと話したり本を読んだりしていた。


 今は王と王妃で………ううん。何も私とウィルは変わってない。気持ちはあの頃となにも変わらない。  


 私はこうやってウィルといる時が好きだった。無理やり入れられた後宮から出たら、一番にここに来ようと思っていたのだ。


「ここに連れてきてくれてありがとう」


 どういたしましてとウィルは笑った。


 しばらくして、ウィルは私の膝にポスッと頭を置いて……スースー寝息を立てて眠りだす。木を見上げると葉の間からキラキラとした陽射しが見えた。そして、ウィルの髪を撫でる。


 私、ウィルをいつの間にか、独り占めしたくなるくらい好きになっちゃってたんだわ。


 国のためには本当は後宮に何人か王妃が居たほうが良い。私ができない部分も補う人が居てくれるほうがいいのよって思っていた。


 でも自分の感情より国の利益を考えなきゃと思うのにできないの。頭ではわかってるのにできないの。

 

 ウィルを信じて、ウィルが私だけで良いと思ってくれてることを幸せに感じていいの?……嘘でも今だけでも……ずっとこの時が続くのだと思い込ませてほしい。


 サラサラした金の髪に触れて、私は願う。どうかウィルがずっと私のことを好きでいてくれますようにと。


 私、そんな普通の女の子みたいなこと思ってる。


「私、幸せよ。ウィルバートのことが好きなの」


 眠る彼には聞こえていないだろうけれど、そっと囁いたのだった。







 

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