籠の中の肥った蛇は誰が飼っていたか?

 のんびりと私は庭園でお茶を飲む。忙しかったから、久しぶりの穏やかなティータイム。


 ……ではない。


「こんにちは。ウィルバートのお祖母様。先日は約束しておりましたのに会えず、申し訳ありませんでした」


 シルバーブロンドの上品なウィルバートに似ている青い目をした老婦人はニコリと穏やかにほほ笑んだ。


「忙しくてけっこうなことですね」


 声は少しハスキーボイスだった。質素に見えるドレスだが、使っている布地は上質でセンスも良い。


「ベラドナ様は慈善事業を行い、人柄も良いとお聞きしていて、ぜひお会いしたかったのです」


 午後のあたたかな陽ざしとゆっくりとした時間が流れてゆく。やわらかい口調で私は話す。


「ウィルバートの怪我は大丈夫でしたか?祖母として心配していましたよ」


「ええ。大丈夫です。大きな怪我ではなく、もう執務に戻られてます」


 アナベルが静かにお茶とお菓子を並べていく。護衛に控えるのはセオドア。


「孤児院や病院などに、よく訪れていて、民たちの心を和ませてくれ、感謝していると陛下が申していましたわ」


「……ありがたい言葉です。今回は祖母としてお願いに参りました」


 来たわねと私は扇子をパラっと広げた。なんでしょう?と聞き返す。


「このたび、エキドナ公爵が行ったことを許してあげてほしいのです。あの子は長年、不遇でした」


「許す?不遇?」


「ウィルバートの父は王の器ではないのに即位し、聡明なあの子が弟というだけで、王になれなれなかった。しかも王子は平民の女性に産ませた一人だけ。そのウィルバートは本当は王になりなくないのにならざるを得ず、可哀そうだと心を随分痛めていました。幼い頃から、それはそれは甥をずいぶん可愛がっていましたよ」


「可愛がって……?」


「最近、王家に来たあなたは知らないでしょうが、ウィルバートのことはあの子の父よりも優しく接し、可愛がっていたのですよ。王になりたくないと願ってる甥を助けてやろうと思ったのでしょう。陛下より寵愛を受けてるあなただからこそ口利きをお願いしたいのです」


 パチンッと私は扇子を閉じた。もう少し会話をしてみようと思ったけど、私は短気なところがあるらしい。もはや聞くに堪えない。


「ずいぶんとペラペラと嘘と妄想を並べるのがお上手ですわね。王冠を被った蛇の紋章を使うように、あなたが昔、エキドナ公爵に勧めたものであること、そしてユクドール王国へこの国を売ろうとしていたこともわかってます。コンラッド王子に頼み、手紙の件を詳細に調べたところ、手紙を持ってきた使者はエキドナ公爵の者ではなく、ベラドナ様の家の者でした。私たちを少し甘く見すぎではありませんか?」


 背後でセオドアとアナベルが息をのむ。他に人はいない。もともとこの話をするために人払いしてあったのだ。


「そしてウィルバートが即位し、今更、また玉座を息子のエキドナ公爵に狙わせた意味はなんですの?」


 私の問いにふぅとため息を吐くとお茶を一口飲んだ。


「後宮を廃止するとウィルバートが言いだしたことです」


「あなた一人ならば王宮の一室で事足りると……長い間の王家の伝統と歴史は何も男だけが作ってきたわけではありませんよ。それなのにエイルシア王家を軽んじるような真似を次から次へとしようとするウィルバートに嫌気がさしたのです」


 そして老婦人は席を立った。


「影で操っているのがわたくしとわかっても証拠がないですよ。捕まえたいでしょうが、わたくしはあなたよりも遥かに知恵が回りますのよ。本当に恐ろしいのはどういうことなのか、身を持ってリアン王妃は味わうとよろしい」


 そう言って憎々し気に私を睨みつけて去っていったのだった。最初の気品ある老婦人の姿はどこにもなかった。


「このこと、陛下にすぐご報告を!」


 セオドアが緊迫した様子で言うが、私は首を横に振った。


「やめておくわ。ウィルバートは王家で敵だらけの中で生きてきていて、今、また疎遠ではあったけれど、自分の祖母にまで見放されていたとわかれば辛いわ。時期を見て話すことにするわ」


「でもお嬢様の身が危険ではありませんか?」


 アナベルが心配そうに言う。


「優秀な護衛がたくさんいるし、それに今すぐには動けないわ。公爵のことがあって、自分に目を向けられるのは、ベラドナ様も怖いでしょうしね」


 穏やかな午後に似合わない憎悪を向けられて疲れたわ。怠惰にすごせることってホントに奇跡だし、幸せなことなのねと椅子の背もたれに寄りかかって、はーーーーと長い溜息をつく。そして顔を覆った。


「お嬢様……?」


 アナベルが声をかける。私は……返事ができない。落ち着いてきて、やっと私の感情が出てきた。


「……っ………っく」


 涙が指の先から溢れてゆく。静かに……その様子を見守るセオドアとアナベル。


 ずっとウィルはこんな場所でたった独りでいたのだと。私塾で出会った彼は少しボーッとした優しい人だった。きっとそれが本当の姿。だけどその姿を封じて生きていかなければ生きれなかった。血縁の者すら善人ぶった仮面を被って裏切り、母を亡くして……どんなに孤独だったか。何度苦しさを味わったのか。


 ウィルは私に救われ、信じて良いかと言った。


 私は彼の光になりたい。そのためにはどんな力も惜しまない。


 だから、どうかずっと彼の中の光が消えないでいてくれますように……そう願う。

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