獅子の心は脅しに屈しない
リアンが『脅されている』と当てたことには驚いたけど、そのとおりだった。
―――それは数日前の出来事だった。
謁見の予定にエキドナ公爵が入っていっていて会うことになった。
「王妃に非礼を働かれたんだが?やはり平民の血がそうさせるのだろうか?ウィルバート、あの王妃は考え直した方が良いんじゃないかな?」
玉座に座るオレの側へツカツカと足音をさせて無遠慮に、薄ら笑いを浮かべながら、立って見下ろした。後に控えていたセオドアが警戒してオレの真横へ移動してきた。
「なんだ?セオドア、ウィルバートの人形をいつまでやってる?一人の人間として表に出て、自由になりたくはないのか?」
「いいえ。ウィルバート様の下で、この国の行く末を見守るのも悪くないです」
オレは目を丸くしたセオドアにそんな思い、以前からあっただろうか?自分の思いをハッキリと告げることだって昔はなかった気がする。これは……たぶん。
「ほう。言い返すか。セオドアは変わったな」
エキドナ公爵も多少驚いている。しかしセオドアはそれ以上語らず、いつもどおりオレの影のように静かに護衛として控える。
変わったのはたぶんリアンなのだろうか?彼女と過ごしている時のセオドアは以前よりも明るくて、声を発するし、自分の思いを言う。影響を受けているとしか思えない。
「エキドナ公爵にはっきり言っておくが、オレは何度言われても誰に何を言われても、リアン以外は娶らない」
「王妃の資格も気品も無いようなあの女性のどこがいいのか?そういえば、王妃の家は商売をしているとか?」
「それが?」
嫌な予感がした。
「我が領土に野蛮な家の者を入れたくない。そのため、クラーク男爵家は領地内においての商売、領地の通過を禁じることにしよう」
「なんだって!?リアンの実家は関係ないだろう!?」
「そうそう。王家に納めている税だがね、今年は不作でどうもいつもどおり納められないようだ」
ニヤリと笑うエキドナ公爵。もともと税の見積もりを低くしていたことはわかってる。だが、大人しく自分の領地に引っ込んでいたから、見過ごしてきてやったんだ!それ以上に納めないということか!?この国でも一番広大な領地を持つ公爵領の税が納められないことは確かにマズイ事態ではある。
「不作かどうか調査すればわかることだ。不正をするならば容赦しない」
「容赦しない?どうやって?可愛いウィルバートは大事な叔父を脅すつもりかい?」
「そっちが仕掛けてきたことだろう!?」
イライラする言い方しかしない公爵。だめだ。一旦落ち着けと自分に言い聞かせる。怒りや苛立ちは判断能力を鈍らせる。
「王妃の見た目はずいぶんと可愛らしい。大国ユクドールのコンラッド殿が気に入っていると聞いた。差し上げて、友好関係を結べばいいのではないか?まだまだ美しい娘はいる」
オレは思わず椅子から立ち上がる。殴りかかりたい衝動に駆られる。
「怖い顔をするな。皆、言っていることだ。幸い、後継者もいない。あの王妃さえユクドールへ行けば、この国は守られるだろう?コンラッド殿とおまえは仲が良いが、いつまでも続くとは思えない。女をやれば確実だ」
「ふざけるな!」
腰に帯剣している剣に思わず手が伸びる。それでもエキドナ公爵は続ける。
「そうだ。こういうのはどうだ?ウィルバートと王妃、二人で静かに暮らしたいと思わないかな?平民の血が入っているおまえが平民の出の娘と結婚した。平民同様、国のことも憂いず、責任も問われず、ゆっくりと暮らせるなんて最高だろう?」
一瞬、田舎でゆっくりと本を読み、のんびりと釣りをしたり、作物を育てたりしている姿を想像してしまった。リアンなら、それでも良いわと言うだろう。彼女は別に王妃になりたいわけではない。
いや、おかしなことを考えるな。それはもう無理だ。オレは王になってしまった。民を国を背負う覚悟をしたんだ。譲るわけがない。
「オレはこの国の王として生きることを選んだ。それ以上の生き方はない。いい加減、その口を閉じろ」
「……王妃はこの国にいないほうが長生きできる」
言い捨てるようにそう言った。それはオレに対して一番効果のある脅しだった。ぞっとした。狙っている。エキドナ公爵はリアンを母のようにどうかするつもりだ。
「リアンに手を出してみろ。決して許さない」
「ウィルバート、おまえは優しい。許さないというが、本質はその剣を抜きたくないと思っているだろう?わかっているよ」
にっこりと優しく微笑むエキドナ公爵は小さい頃、オレに優しくしてくれた時と同じ笑顔だった。手が震えてくる。息をのみ、オレは動けなくなる。わかっているのだ。リアンと同様にこの人はオレが本当は臆病で甘ったれだということを……だけど、オレはリアンや国を守るために負けるわけにはいかない。
「昔のオレとは違う。エキドナ公爵、甘く見てるとすべてを失うぞ」
声を絞り出す。
「大事なものを失うのはどっちなのかな」
そう言ってニヤリと不気味な笑みを残して出て行った。気付けばオレは手に汗をかいている。
「陛下、大丈夫ですか?」
セオドアがそう声をかけてくる。オレは絶対に負けるわけにいかない。オレの敗北はリアンの死だ。母の時、もしオレが甘ったれではなく、もっとしっかりしていれば、もしかしたら生きていたかもしれない。二度と失いたくない。
オレはこのまま光照らす道を歩いて行きたいんだ。
闇から手を伸ばそうとする彼が去って行った扉の向こうを睨み続けた。
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