罠に嵌りにいったかそれとも嵌められたのか?

 ここがエキドナ公爵邸。私の実家の3倍、いや4倍はある豪邸。王都に近い領地で、この国最大級の広さを誇っている。


「お嬢様、なぜエキドナ公爵の招待を受けたのです?陛下も止めていましたが……」


 アナベルが私の髪に乱れがないか馬車の中で何度もチェックする。最上級の布地を使った青色のドレスに白く輝く宝石は美しさを引き立ててくれる。


「そうだよー。あいつは危険だよ。絶対王座を………」


「エリック!それを口にするな」


 エリックが言おうとしたことをトラスに遮られる。二人共、正装し、完璧な騎士姿である。ご令嬢たちが歓声をあげそうなくらいカッコよく仕上げてきた。今日はやけに気合い入ってるわねと思う。


 ……王座ね。エリックが言おうとした先がなんなのか、私には容易に想像できた。


 エキドナ公爵のことは過去や噂のことまで調べさせた。私は夜会の会場に入る。


 扇子をパラリと開いて、表情を隠す。


「いらっしゃるとは思いませんでした。ようこそリアン王妃」


 エキドナ公爵自らがわざわざお出迎えしてくれる。……随分、私の評価を上げたものね。それとも待ちわびていたのかしら?蛇の巣に入る獲物を。


 私はフッと微笑む。


「ご招待してくださったのに、予想外でしたの?」


 ピクリと私の強い言い方にエキドナ公爵の頬が反応する。スッと二人の騎士が私の横に立つ。


「さすが王妃ともなると、陛下直属の三騎士をも護衛にできるというわけかな?」


「陛下は心配性なのですわ」


「それほど魅力的というわけかな?」


 公爵は給仕係が持ってきた飲み物を手に取る。1つを私に。もう1つは自分に。


「乾杯を忘れていた」


「お気遣いありがとうございます」


 私と公爵は見た目は仲良く乾杯をかわしているように見える。しかしトラスとエリックから緊張感が伝わる。特にエリックは珍しい様子だった。いつもなら、可愛いお嬢さん!と言って、護衛もそこそこに、綺麗なご令嬢達の輪の中へ入っていくのに。


 扇子の奥で飲んだふりをする。食べ物も飲み物にけっして口をつけてはいけないとウィルは言った。すごく美味しそうなものがテーブルに所狭しと並んでいる。惹かれるけど、我慢よ!


「そういえば、陛下は大事業を考えておいでとか?」


「ダムの建設のことでしょうか?」


「国が初めて行うことだと聞きましたが、大丈夫かな?新しいことを始めるにはもっと慎重であるべきではないかな」


 政治から離れているはずなのに随分チェックしてるわね。あなたはここでノンビリと贅沢三昧してればいいのよ……そう私は思いつつ、考えが顔に出ないように気をつける。


「ご忠告ありがとうございます。私には政治のことはよくわかりませんわ」


 ふわりと極上の作り笑いを私は浮かべる。エキドナ公爵は政治なんてわからないという私の嘘を見抜いているよとばかりに苦笑を返してきた。そしてパーティを楽しむようにと言って去って行った。


「エキドナ公爵、何を考えてリアン様を招待したのだろうか?」


 トラスがギロッと目を周囲に光らせる。


「今のところは普通だよね」


 エリックは夜会の雰囲気、招待客を見ても大丈夫そうだなぁとチェックしていた。私に気付いて挨拶してくる招待客の人々もそんな悪意を感じられる人はいなかった。


 一時間はあっという間だった。エキドナ公爵に挨拶し、帰ろうとした瞬間、その事件は起きた。


「キャアアア!」


 夜の闇を切り裂くような声。玄関のドアを通ろうとした時だった。大理石でできた階段に無数の蛇がいた。ちょうど私が帰ろうとした時だったが、先に出て行った女性がいたようだった。


「危ない!下がって!」


 エリック、トラスはその女性を保護し、私にも下がるように指示をした。


「この蛇の種類は……!エリック、トラス気を付けて!猛毒の蛇で、吐いた息にすら毒が混じっているという蛇よ。希少な蛇をよくもここまで集められたものだわ」


 ある意味仕掛けた人に感心しちゃうわ。エリックとトラスは素早く剣を抜く。シャーッと威嚇する蛇たち。


「近づいたら毒に侵されてしまうわ」


「じゃあ、どうしろってんです!?」


 エリックが困っている。ふと私は視線を感じる。遠くからエキドナ公爵はこちらを見て笑っている。そう……私が後宮にいた時に蛇をこうやって仕掛けられたことがあった。まさかとは思うけれど、あの頃からじゃないわよね?


 蛇が息を吐くタイミングを見計らって避けて、踏み込んで薙ぎ払うトラスとエリック。このままでは埒が明かないわ。


「どいて。しかたないわ」


 私はパチンと手を叩いて両手を合わせた。力ある言葉を紡ぐ。私が目を閉じ、開いた瞬間、力は形となって解き放たれ、蛇たちは一瞬で凍った。氷の中に凍らされてどの蛇も動かなくなった。見事な蛇の氷の彫刻が出来上がった。ヒュウとエリックは口笛を吹いた。


「すごい。さすがリアン様だなぁ」


 ザワザワと騒ぎを聞きつけて、後ろには招待客たちが大勢いて、見ていた。


「そういうことなのね……嵌められたわ」


「どういうことです?」


 トラスが尋ねる。首を傾げるエリック。私だけが憂鬱そうな帰り道となった。


 その数日後、ウィルも私も噂を耳にすることになる。


『野蛮な王妃』『蛇すら恐れぬ女』『公爵家で魔法を使う失礼な者』など嫌な言葉ばかりだった。


 しかし私の元には『蛇から助けて頂いてありがとうございました』とお礼の手紙をくれた令嬢もいたことを付け加えておく。


「リアン、嵌められたみたいだね」


 ウィルはそう冗談っぽく笑って特に責めることはなく言った。


「悪評立ててごめんなさい」


「かまわない。リアン、何を言われようが、何が起ころうが、自分の身を最優先だ。いいな?」


 謝る私に首を横に振りウィルは私の行動を肯定する。ウィルがいなくなってからアナベルは私をじーーっと見た。


「な、なに?」


「お嬢様、陛下はお優しいです。それなのに、まさか今回の夜会への出席、何か企んでおいでではないですよね?」


「……もちろんよ」


 ホントでしょうか?とアナベルは半眼になりつつ、怪しんでいる。長年の付き合いだけあって、私の行動に意味があることを察している賢いメイドだった。

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