第十二幕

「目が覚めたか」


 聞こえてきた声の方に顔を向けると、長く白い髪を垂らした和装の男性が立っていた。頭には一対のとんがった耳、腰元からは太い尻尾が生えており、そのどちらも目を引く白さだ。


「お前には僕らに関する記憶を失くしてもらう必要がある」

「それって、颯のことを忘れるってこと?」


 俺が颯の名前を出した途端、こっちを見る目に灯る感情が威圧的なものに変わる。


「お前みたいな人間が、気安く呼んでいい名前じゃない!」


 向けられたあまりの圧に驚いて口を噤んでしまった。でも、こっちだって忘れたくない思いを持っているんだ。心の中で決意を固め、暴力的な金色の瞳を睨みかえしてやろうと意識すると、突然何かに気付いたみたいに後ろを振り向いた。後を追って見てみると、そこには息を切らして疲れきった様子の颯がいた。颯は強引に深呼吸をして、体を落ち着かせてから話し始める。


「そいつをどうするつもりだ、凪」


 凪、颯の弟の名前だ。でも、見合っている今の空気は、とても兄弟のものとは思えない程殺伐としていた。もしこの場で二人が争うことになったら、きっと危ないのは、颯だ。


「記憶を消す。御神石を取り返す」

「……それは、社を抜け出した時に俺が渡したものだ」

「えっ」


 聞いていた話と違う事実に驚きを隠せずに反応してしまった。だって、これは神様が渡したはずじゃ――


「いっ!」


 そこまで考えて頭に刺す痛みが瞬間走った。首に掛かったままだった石が柔く光出して、どうやっても思い出せなかった記憶が、まるで扉が開かれるみたいに蘇っていく。

 俺の異変に気付いた凪さんが、振り向いては俯く。


「突然社を出ていったと思えば、人間と過ごし、その人間は何故か社の御神石を持っているし、挙句封じていた記憶を自ら解いた……」


 俺が顔を上げた時、凪さんは握り締めた手を震わせて颯に向き直った顔は憤りに満ちていた。


「昔から勝手なことばかりだったけど、今回は勝手が過ぎる!」


 言い切ったと同時に凪さんは札を何枚か取り出して、それらを颯に向けて振るうと赤く光り一直線に向かっていった。弾丸のごとく飛んでいく札に対して、颯は分かっていたかのように走り抜け俺の方に手を伸ばす。しかし、手が届く寸前で颯の体は横に吹き飛んだ。


「颯!」

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