第十幕
俺が指摘すると、颯は昨日と同じ様に笑いだした。どうやら俺が不安になるのが颯は面白いらしい。
「いいんだよ、裏切ってんのは俺だし。交渉も破断してる」
「だから死んでも仕方ない?」
昼に言っていたことを掘り返す。生きることを半ば諦めている言い方のそれが、ずっと胸の奥で引っかかっていた。何を言っても颯の覚悟は変えられないのかもしれないなんて、思いたくなくて。
「そんな顔すんなよ。お前って意外と人にはうるさいんだな」
言われてることは腑に落ちないけれど、随分と楽しそうに語る姿に言い返す気も無くなってしまう。自分でも知らない一面だと思った。今まで、こんな風に誰かと喋り合ってぶつかり合うなんてことは初めてだったから。
興味があるからとか、死にそうなところを見たからとかじゃない。楽しそうにされると嬉しくて、聞くとちゃんと教えてくれて話しているのが楽しいんだ。一人じゃない時間はこんなに違うのだと初めて知れた。
「俺は……生きてほしいよ、颯」
聞こえるか分からない小さな声で、そう呟く。
△▼△
寝静まった部屋に見知った気配。
「っ!」
ベッドから飛び起きて窓の方を睨んだ。
「気配に気付くのも遅かったな」
窓の外には凪が浮いていた。脇に望月を抱えて。
「その人間は関係ないだろ!」
「関係ある。兄さんもよく分かっているだろ。正体を平気で晒して、随分と心許しているみたいだな」
こっちを見下ろすその目は冷酷な輝きを宿していた。俺が何かを言う前に、凪は風のような勢いで遠く社に向かって飛んでいく。その間も、望月は力無く身を任せるばかりだった。
「凪! くそっ」
直ぐに追いかけようと思うが、社を出てきた時から確実に回復が遅れている今、そもそも弱くなっているうえ本調子でもないこの状態では、追うだけでも苦しいだろう。たとえ社に行ったとして、出来ることなんてたかが知れている。
そんなことを頭では理解できていても、体は勝手に部屋を飛び出し走り出していた。幸い身体能力まで失っているわけではない。学校の塀を超え道を辿って社まで本気で駆け抜ければ、そこまで時間は掛からないだろう。山の中を自由に駆けては跳び回っていたのが懐かしい。
「はぁ、はっ」
息が切れる。足も疲れを訴えてくる。こんなに汗をかいて走る日が、また来るなんてな。あいつとは本当に変な因果があるらしい。
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