第七幕

「……ずっと黙ってたんだけど、颯が寝てる時、髪白くなってる時あるから」


 眦の釣られた鋭い目が丸く見開かれる。そうして頭を抑え俯く姿は驚きだけではなく絶望している様子にも見えた。しばらくお互い黙ったままの時間が流れて、その間俯いたままだった颯が静かに話し出す。


「……そうだ。俺らは白狐で、お前が見たのは弟の凪。髪が白くなるのは」


 颯が手を下ろし顔を上げる時、髪は白に染まり月がそれを白金に魅せる。


「俺が力を失い、弱くなったってことだろうな」


 どこか吹っ切れた金色の瞳が冷たく俺の姿を映した。さっきまでの獣的な雰囲気とはまるで違う姿に俺が何も言えずにいると、直ぐにまた目を逸らして今度はそのまま寝る体勢をとろうとするため、焦って立ち上がる。バランスを崩した椅子が倒れるのとほぼ同時に颯の腕を掴んで引いた。驚いて向けられた金色は見開かれていて、少し前に見たものと同じだった。それを一直線に見返す。


「これだけは聞きたいんだけど」

「……」

「また、今日みたいな怪我はするの?」


 荒れたベッドも倒れた姿も鮮やかな赤色も、その全てが無かったことみたいになっているけれど、まだ、俺の頭の中には鮮明に残っている。じっと目を合わせ続けると、颯は突然気の抜けたように吹き出し笑い始めた。困惑するしかない俺に気付けば、楽し気に目を細める。その表情には何の壁も感じられなかった。


「お前にも人間らしいところがあるんだな」

「えっ」

「そんな怯えた顔初めて見た」


 颯が嬉しそうに悪戯っぽい笑顔を浮かべるから、ついこっちも気が緩んでしまう。


「しないとは言えない。今の俺にはあいつに、凪に抵抗出来る程の力が無いからな。それに、あいつは多分そのことを知らない。死にかけの俺にとどめさそうとしてたしな」

「凪って弟の」

「凪は社を抜け出した俺を探してる。今まではここで、人に紛れながらちょくちょく気配散らしてなんとか撒いてたけど、今日の朝襲撃された。大方、あいつを誤魔化せれるだけの力も無くなったからだろうな」


 時々寮を抜け出していたのはそれが理由だったんだ。それに、怪我をしていることもあった。俺が知らなかっただけで、今日みたいなことは既に何度か起きていたのか。


「朝からあんな怪我負ってたなんて……全然気付かなかった」

「……俺はここに化かして入ってんだ。名前に違和感が無かったのも、血が消えてるのも、俺が本来人間と過ごしていい存在じゃないから。簡単に言えば神隠しだな。ここならそれで通じる」


 『山に行ってはいけない』『神様に攫われてしまうから』この辺なら誰もが一度は聞いている言い伝えが頭を過る。子供に分かりやすく山の危なさを伝える、よくある脅し文句の筈だ。


「俺が気付かなかったら颯は死んで、それで……消えてた?」


 恐る恐る聞く俺に、颯は困った笑顔に変えて諦めの混じる声で答える。


「俺みたいなのが堂々と人前に出てる方が可笑しいんだ。異物が取り除かれて、あるべき状態に戻るだけだろ」


 俺が黙ったままでいると、すっかり力が抜けてほとんど添えるだけになっていた手を外され、もう寝ると一言告げて颯はいつも通り俺の方に背を向けて横になった。俺も梯子に手を掛けて登り少し雑に敷かれたシーツに寝転ぶ。石を首に掛けたまま外そうともしないで寝に入った。

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