第六幕

 寮に戻るとベッドは白色に戻っていて、血なんてどこにも無かった。山木はベッドに腰掛け、俺がシーツを戻したりしている間静かに俯いているばかりだった。一通り片付け終えて山木に向き合う。


「片付け終わ、っ!」


 黙ったままの山木に話し掛けようとすると前触れなく手が伸びて石を掴もうとしてくるのを咄嗟に避ける。石を手で隠すみたいに掴んでおくと、その行動にまた山木は怒った顔をする。何か分からないが目が覚めてからずっと、喋りや視線に棘がある気がする。例えるなら、獣のような。


「……」

「これ、小さい頃からの御守りなんだよ。後で普通に貸すから、先に色々聞いてもいい?」

「は?」

「これは交渉」


 少し冗談交じりに言うとよりこっちを見る目つきが鋭くなった。


「山木の名前って、俺聞いたことあったっけ」

俺の質問に首を振ってから渋々という顔で答える。

「……颯」


 ありがとうと言ってから、俺は合わない目の先にある石を改めて見てみるが、思い入れはあれどもやっぱり柄が綺麗な石にしか見えない。ただ、その視線は明確にこれが欲しいと訴えていた。


「山木は本名?」


 俺はその貫こうとしてくる目に気付かないふりして、自分の机の椅子に後ろ向きに座り質問を続ける。


「適当に付けた偽名だ」

「じゃあ颯って呼んだ方がいいのか」

「変な気を回すな。名前なんて区別出来ればなんだっていいだろ」

「友達みたいだろ、颯。あっ俺は望月爽真」


 自分でもらしくないことを言った気がする。けど、せっかく同室なんだからそれぐらいの距離の詰め方は別にいいだろうなんて、またらしくない言い訳を浮かべる。不慣れな人付き合いをしようとする俺に、颯は鼻で笑って返す。


「友達? お前俺が何者か分かって言ってんのか?」

「知らない」

「狐だよ。お前らが恐れる山の神」


 颯は下向きに目を逸らし少し間をおいて口を開いた。


「それの、なり損ないだ」


 淡々と言葉を吐いて足を組む。神様のなり損ないというのがどういう存在なのかは分からないが、少なくとも颯がそれを気にしているようには見えない。


「狐って白い? 朝、偶然長くて白い髪の人を見かけたんだけどその人は……」


 知り合いかどうかの質問は、途中で飲んだ。飲まされた。颯の纏う空気が明らかにさっきまでと違う。向けられた眼力に、命を握られている感覚までした。


「何故そう思う?」


 その時、颯がいつもと違うものに見えた。そう、人でない別の何かに。

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