第五幕

――本当にそれでいいのか?


 重く、問い掛ける声に頷く。


――分かった。


 自分の中から力が取られていくのを感じる。取られたそれは目の前の男の手の中に吸い込まれ小さな塊に変えられる。


――もうここに、お前の居場所は無い。


 出来上がったそれは、青紫色に輝く小さな石の様な物体だった。


    △▼△


「……ぎ……まぎ、起きて山木!」


 必死に呼び掛ける声に、知らないうちに閉じていた瞼を上げる。


「……生きてる」


 死ぬ直前だったというのに、俺は何でか生きていた。

 倒れた筈の体が今は木に寄り掛からされていた、眼下には真っ赤に染まった腹と右手。なのに、体を蝕み続けていた痛みは消えている。肩に手が置かれていることに気付いて、視線を横に向けると不安に歪められている顔が目に入った。それは人間の中で数少ない、見覚えのある顔だ。望月爽真、以前からどこか探っている雰囲気がこいつからは感じる。いくら命拾いしたのがこいつのおかげでも、簡単に信用は出来ない。


「大丈夫か?」


 心配そうに覗き込む望月に俺は睨んで返す。


「死んでも可笑しくない傷だっただろ。お前、俺に何をした」


 そんな俺の問いに、そいつはどこ吹く風で真っ直ぐ目を逸らす気配もなしに答えた。


「分からない」

「分からない?」


 弁解するでもなく迷いの無い声でハッキリと言った。何がと聞く前に、こいつの持つある物に視線が捕らわれて言葉を失った。そんな俺を知ってか知らでか望月は首に掛けたそれを俺に見せる様に持ち上げて説明する。


「山木に触れたらこの石がいきなり光り出したんだ。だから、俺にも何が起きたのか分からない」


 見せられたそれから目が離せず無意識に手を伸ばすと、届く前に望月が立ったことでそのまま手は空を切った。


「積もる話は戻ってからにしよう。立てる?」


 そう言って手を差し伸ばしてくる望月を下から睨み上げる。


「交渉のつもりか?」

「違うよ。山は危険だから、早く戻ろう」

「……」


 こいつはさっきの凪との会話が聞こえていなかったのか。もし俺の血を辿って来たのなら、少なくとも俺が人間でないことぐらいは気付いてそうだが、それにしては掛ける言葉も態度も伴っていない。

 俺は伸ばされた手を無視して立ち上がった。望月は無視された右手をじっと見てから何気ない様子で歩き出す。何不自由なく動けて、本当に嘘の様に体が軽くなっていた。その場に立ち止まったままの俺に望月は気付いて振り向き何も言わずじっと俺が来るのを待つ。木々の隙間から漏れた月光がそいつを照らした。


 胸の辺りで揺れるそれは、まるで月の光を吸っているみたいに輝いていた。

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