第三幕

 初めて顔を合わせた時のことを思い出す。


 部屋に案内され、山木と一緒に過ごすことになった日。噂は今程広まっていなくて、少し危ない人がいるらしいという話があった程度。その時までは、周りの視点からの山木は無愛想で目つきが鋭いだけのやつだったろう。俺もそうだった。いつから、こんなあからさまに避けられる対象になったんだったか。考えながら無意識に胸に手を当てる。そこには確かに首に掛けてきた石の感触がある。ふと、また一つの疑問が頭に浮かんだ。


「名前……」


――山木、下の名前は何ていうんだっけ


 授業終わりを知らせるチャイムが無理矢理耳に響いてきて、気が付けば昼になっていた。思考から突然引き上げられて、少しの間ボーっとしてしまい、空腹を感じた頃には教室内は賑やかになり何人かは既に教室から出ていた。当然のように山木の姿は無い。パンを買いに、俺も席を立つ。

 中庭にて購買の余り物のパンを咥えながら、ぼんやりとさっきの考えを思い返して過ごした。


     △▼△


 結局、午後になってからはずっとそんなもやもやとした感覚が晴れなかった。


「名前なんて気にしたこと無かった」


 忘れているというより、聞いたことが無い、そんな気がする。考えれば考えるほど何か引っ掛かる。何だか分からないけれど誤魔化されている感じがするのだ。

 悩んだ末辿り着いたのは、積極的に話し掛けてみたら何か変わるかもしれないという、あまりにも平凡な発想だった。今まで試していなかったのが不思議なぐらい普通の試みに、初めて自分の人付き合いの不慣れさを自覚した。思えば、実際今まで山木に対してそういう接し方をしようと思ったことがなくて、観察みたいな見方や考え方ばかりしていた。


「はぁ」


 溜息を吐きながら自室に向かう。人付き合いに関して不便に感じたことがなかったため、そこまで酷くないと勝手に思い込んでいたんだ。今になって親の判断の正しさを知り、なんとも言えない気持ちになって部屋のドアを開ける。


 既に山木はベッドの中に潜っていた。話そうと意識するとつくづく本当に隙が無い行動をしている。風呂に入る前に自分のベッドに置いていた石を手に取り窓を開け身を乗り出し外と石を見比べた。綺麗な満月が夜を照らしていた。

 その眺めに満足して窓を閉めてから、ベッドを上って石を握ったまま目を閉じた。

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