第二幕

 内側から響く独特な痛みに頭を抱える。物理的な痛みで動かせない足ではどこへも行けずその場で蹲ることしか出来なかった。周りは木に囲まれていて声なんて到底通る気配も無い。


 この感覚、知っている。


 昔いつもの流れで山の中まで入り込んでしまったことがあった。今見ているのはその時の夢だろう。でも、この記憶はハッキリしたものじゃない。

 大きな手に抱えられる。誰かの声が耳に入る。途端に全身の力が抜けて視界が暗くなって気を失った。


    △▼△


 夢が覚めると手の中にある石が目に入る。あの時もそうだった。気が付けば山の麓まで来ていて手の中に青紫に艶めく石があったんだ。

 スマホを除くといつもより早く朝を迎えており、二段ベッドから乗り出し下の段を確認する。けれどやっぱり山木はいなくなっていて、話さないどころか話し掛ける隙すら与えない感じだ。俺も決して起きるのが遅いわけじゃないけれど彼の寝起きを見たことは無かった。

 持っていた石を首に掛けて、慣れた一人の朝に準備を済ませて部屋を出る。


 教室に着くと、まだ少ない人数がまばらにいる中誰よりも先に来ているだろうと思っていた姿は見えなかった。


「あれ?」


 寄り道でもしているのかと、窓際一番後ろの席に向かうついでに外を見渡してみる。すると遠くの人影が見えることに気付いた。この学校は、出て直ぐに海が広がり周りは山が覆う自然に囲まれた場所で、その人影は浜辺に佇んでいるようだった。


 長く白い髪が風に揺らされている。


 ガラッと音がして教室のドアが開かれ、癖の目立つ黒い髪の山木が入ってくるのが窓の反射に映り振り向く。他に来ていた生徒も何人か同じように目線を向けていた。話し声が止んだ教室は、空気が少し重く冷めた気がした。でも、それは一瞬で山木は何事もなかったみたいに自分の席に着こうとするし、周りも普通に会話を再開させている。


「おはよう」


 俺の席の横を通りがかった時に声を掛けた。いつもは山木が先に席に着いていて、態々声を掛けようとはしていなかったことが脳裏によぎったからだ。思えば初めて挨拶したな。聞こえている筈の距離でも、山木は少しも止まらずに二個前の席に着いて退屈そうに頬杖をついては外に顔を向ける。そういえばと思い俺も外を見たが、さっきの人はもういなくなっていた。


 不思議に思いながら椅子に座ると、隣の女子がこそっと話しかけてきた。


「君凄いね」

「え?」

「彼、噂の不良でしょ」


 どうやら彼女は俺が山木に挨拶したことに驚いたらしい。


「山木と同室だけどそんな怖いことないって」


 釣られるように俺も小声で言うと、少し目が丸くなった。


「へーそうなんだ。でも、火のない所に煙は立たないって言うから気を付けな」


 そう言って彼女はさっきまで読んでいた本に向き合った。頭の中に彼女に言われたことが残る。『火のない所に煙は立たない』その火元が何なのか、知っている人は果たしているのだろうか。

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