山の神様

闇梨

第一幕

あの山には神様がいる

あの山に行ってはいけない

山を荒らす悪い子は神様が攫って行ってしまうから



 暗い空を背負い、厳かに立つ山を窓から眺める。

 『山には行っちゃ駄目だよ、爽真』何度か釘刺された母の言葉だ。


 昔から虫もお化けも怖くなくて恐れを知らずに好奇心のままに生きてきた。いつだって知りたいと思うものに真っ直ぐ向き合い続ける。伸び悩んだ伸長も相まって人一倍身軽に動き回り、その結果汚れたり怪我する機会はあったが全然気にも掛けずにいれば、それが理由で何度も叱られていた。そんな自分に、共感してくれる人は誰もいなかった。自然と一人で過ごすことが当たり前になっていき、人との交流を忘れて自由に勝手に動き回っていたら、その様子を危惧した親に全寮制の高校へと放り込まれた。


 そうして親元離れて一部屋二人の寮生活が始まった。ドアから見て右に二段ベッド左にそれぞれの机が並んでいるシンプルな部屋。同室の男は随分と静かな奴で、物騒な噂は時々聞くけれど今のところ危ない目に合うようなことは無かった。夜中抜けだしては怪我をして帰っている時はあるため不良ではあるんだろうが、俺からすれば何も言うことのない存在だ。

 だけど――


「また白くなってる」


 二段ベッドの下の段でこっちに背を向けて眠るその男、山木の髪が真っ白に染まっている。当然元は何の変哲もない黒髪なんだが、よく夜更かしして見回りを凌いでは夜を眺めている俺は、その姿を何度か見かけていた。


「ぐ、うぅ」


 そして、こうなる時はいつも苦しそうにうなされている。放っておくには忍びない声でそっと背中に手を置く。最初気付いた時は起こそうとも考えたけど、白くなった髪に気付いていることを、俺は何となく隠しておこうと思ってから、取り敢えず軽くなだめるようにしている。少しすると落ち着いた呼吸音が聞こえてまたそっと手を離すと静かに上の段へ上がる。


 閉じた瞼の裏、枕に広がる透けるような白い髪が浮かんだ。


 正直、初め会った時からあまり人間らしく思っていなかった。どうにも雰囲気が違うように感じていた、というより、どこか知っている気がしたんだ。だからまた興味を持ってしまう、知りたいと思ってしまう。

 ふと起き上がって青紫色の石を手に取る。紐に結ばれ首から掛けられるようにされたマーブル模様の描かれたそれは幼い頃知らぬ間に持っていた御守り的な物だ。夜の不思議な空気感とこの石、そして山木が持つ雰囲気は似ている気がする。


 石を眺めながら横になりそのまま意識を手放した。

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