32話 5月21日 Ⅲ
私こと天織灯は最初の言葉をずっと探していた。
1番初めに何を発したら良いのか、頭の中が大渋滞になりながらそれでも活路を見出そうと熟考していたが、手を止めてしまった。
そんな私を見かねたのか、我先にと言葉を発したのがすずちゃんだった。
「綾、落ち着いて聞いてね」
隠していた研究室とクロの姿で頭だけではなく、体全体が恐怖に覆いかぶさっている綾ちゃんだったが、目の前にこの場に居ないであろう友人の姿を見て少し、晴れたような表情を見せていた。
「実は、灯は......そこの悪魔と契約していて怪盗なんだ......」
すずちゃんと同じリアクションだったが、彼女よりも素直に信じることができないでいた。
「わ、わ......私何も見ていないし、誰にも言わないから」
そう言い残し走り去るように出て行った。
「待って、綾ちゃん」
自分でも初めてで、街中でこんなにも大声を出し、人を飛び止めるとは思わなかった。
というのも、外は今、大雨になっている。
そのため、自分の基本音量で綾ちゃんを飛び止めようとしても雨の音でかき消されるので、喉が潰れるくらいに大声を発していた。
綾ちゃんが家から出て行って数十秒はその場で自分の心臓がある方の胸を手で押さえていた。
初めに熱い血がドキドキ脈打つ胸の中の恐怖が襲い、次第にナイフを胸元に突きつけられたような戦慄を覚え、重い黒ずんだ不安が胸の奥でじっと淀んでいた。
青奈:まずは深呼吸よ。心を落ち着かせて
黄華:大丈夫。僕らがついているから
2人のおかげでなんとか自分の頭は保つことができたが、身体はいうことを利かなかった。
足は生まれたての子鹿のように震え、手が少し痙攣していた。
「秘密っていうのはいつか見つかるもの。話しをごまかしたり嘘をついたりするのも中々、根性がいる。人に話をごまかしたり嘘をついたり、などの手口もいつかは見破られる。そんな芸当を使ってしまうとかえって自分を苦しめてしまう。ならいっそのこと正直に素直に全てを白状してしまった方が、よっぽど楽になることがあるから」
すずちゃんに背中を押された。
「灯、どうするか決めるのは貴方よ」
私はその言葉で決心ができたのか綾ちゃんを追いかけることにした。
「うん、行ってくる!!」
悪魔のクロさんにやさしく抱きしめられた。
「ごめんなさいね、辛いことをさせてしまって」
「いえ、大......丈......夫で......す」
クロの胸に顔を埋める橋間すず。
「これはあの子が決めること。例え、どんな結果になっても私達はそれを受け入れる」
(あぁ〜 最悪)
雨の中、全速力で走って疲れ果て、近くの公園に設置されている屋根付きのところで備え付けられている椅子に座り机に突っ伏していた。
当然といえば当然だが、豪雨というかもはや放水レベルの雨に逃げるように全力で走っていたおかげでつま先までぐっしょり。着ていた服のままプールに飛び込んだみたいになっていた。
正直、薄々何かを感じていた。
でも、本人に言う勇気がなく実際この目で見るまでは夢であって欲しいと自分の心がそう呟いていた。
本当は知っていた。灯ちゃんが化け物と戦っているのを......
今年の3月の春休み真っ最中に偶々、目撃してしまった。サメの顔を模したようなマスクらしきものを被り、両手の牙のような鋭いものを真っ赤な衣装に身を包んでいる女の子に向かって攻撃している様子を。
戦いは無事に終わり女の子はいつの間にか、真っ赤な衣装から私服になっていた。
マスクで見えなかった素顔は少し前に私が通っている木ッ菩魅烏高校に転入してきた子。
天織灯さん。見た目は完璧で一部から天使様と呼ばれており勉強もスポーツも完璧だった。
まさに、絵に描いたような優等生。しかし、そんな優等生でも弱点はあった。
人と極端に会話ができていないこと。転入して間もないことならわかる。知らない土地で知らない人と会話するのがどれだけ大変なことか軽く想像できる。
でも、転入してきて半年経ってもあまり人と会話せず、ずっと黙って過ごしていた。
黙って過ごす姿も綺麗とさらに、人気になったけど。
2年生に上がってまた同じクラスになっても話しかける勇気がなかった。
今までこんなことなかったからすごい悩んだ記憶がある。
彼女はここ最近、明るくなっていた。周りと話す機会が増え、楽しそうだった。
理由はわかっていた。別クラスの新聞部所属の橋間すず。
彼女達の間に何があったのか分からなかったけど橋間さんとの交流で彼女は変わっていった。
自分が惨めになる。
そんな私に転機が訪れた。毎年行われている木ッ菩魅烏高校の林間学習。運の良いことに同じグループになれた。
そしてーーーー
その後は自分でも今までの苦労はなんだったんだって位に彼女と一緒に過ごすことが増えている。
楽しかったのになんでこんなーーーーーー
「何かお困りですか、お嬢さん」
「えぇ!?」
突っ伏していた顔をあげると反対側に奇妙な仮面、左半分の仮面を付けている男の人がいた。
半分になっているピエロの仮面、全身赤色の衣装を着ており衣装の所々にカラフルな水玉模様がついていた。
「これを貴方にプレゼント」
ピエロは懐から何かを取り出し私の方にそれを置いた。
「なんですか、これ?」
「それは、貴方の願いを叶えてくれる幸運の人形です」
「人形......」
「その人形に向かって願いを言ってください。必ず良い結果になります」
「でも......」
「安心してください。強制は致しませんし、いらなければその辺の草むらにでも捨ててください」
「あくまで貴方が決めることです。人形に願いを言うのも、それを放棄するのも貴方の自由です」
「では、私はこれで」
右腕を前に掬うように出し左肩まで移動させ、お辞儀をした。
雨に濡れながら去り際にピエロが言った。
「1つお伝えすることがあります」
「その人形は貴方は選びました。まるで運命かのように」
「失礼」
その瞬間、1発の銃声が響いた。
ピエロの頬に弾が掠ったのか、垂直に傷ができており、血が涙を流すかのように流れていた。
しかし、ピエロはそんなことを気にせず、前をじっと見ていた。
「これは、これは噂の怪盗様ではありませんか」
ピエロの前に立っていたのは雨で視界が悪く、近くの街灯の光しかないにも関わらず、それでもわかる赤の衣装に身を包んでいた女の怪盗さんだった。
「えぇ......灯ちゃん......」
初めは驚いたが、このピエロのまで正体がバレないように徐々に声の音量を下げた。
「その子に何をしていたの?」
「いえ、まだ何も......強いて言うなら、これを渡しましたが」
ピエロは懐から私に渡した人形とはまた別の人形を取り出し灯ちゃんに見せつけた。
「その人形......もしかしてソドールになるための......」
「正解です、これはとある方が研究していて出来た代物。これに願いを言った人はそれに見合った姿になれます」
その言葉を聞いた私は手に持っていた人形を離した。離された人形はそのまま落下し、地面に落ちた。
「貴方、いくつ持っているの、その人形......」
「幾つだと思いますか?」
相手を挑発する笑顔ではなく、ごく自然の笑みを浮かべていたピエロ。
「貴方の持ってるモノ、全て回収させて頂く」
「お手並み拝見といきましょうか」
私は、1歩1歩歩み寄りながら、次第に早くなり飛び出していた。音もなく、距離を詰めて横薙ぎに
恐らく、私が飛び出した時に、その動きを視線で追い、全身で気配などを探ったと考えられる。
防がれた鎌からは血がドロドロしたような不気味な波動が放たれており、直感的に
すぐに鎌から離れ、体勢を整えようとしたが、今度はピエロが鎌を横薙ぎで振るい、
そのまま鎌をはらいながら攻撃をし、ピエロもそれに対抗しながら鎌を振るっており、剣戟を繰り広げ始めた。
このピエロは私の攻撃を見極め、まともに攻撃を受けないようにいなして私との距離をさらに詰めた。鎌を放たれ、間一髪のところで避けて致命傷にはならなかったが怪盗服が裂けてしまった。それを見て、焦りを感じた。今まで、鋭利な刃物のような腕で私に攻撃してきたソドールは何体もいたがそれでも怪盗服が避けることがなかった。ソドールに対抗するために璃子さんが作ってくれた怪盗服は、攻撃を受けても服が剥げる程度で裂けることはなかった。
しかし、目の前のピエロのたった一振りの攻撃だけで怪盗服が裂けてしまった。
あの鎌に当たるのは危険だ。相手の攻撃を封じるために【アイヴィー】を装填した。
走りながらピエロの周りに【アイヴィー】弾を撃った。次第に弾が活性化し大きな蔦が出現し近くにいた敵、すなわちピエロに向かって攻撃を仕掛けていた。
「へぇ〜 面白事をしますね」
ピエロは特に表情を変えずに蔦と見ていた。
持っていた鎌を手で器用に回しながら、蔦を切断させていた。1本、また1本と根本から輪切りのように切断せれていた。
今この瞬間、ピエロが【アイヴィー】の蔦に気を捉えているうちに気配を探られないように距離を詰めた。
切断され落ちてくる蔦。完全に枯れる前に太い蔦を使って隠れるように高速で進んだ。
なんか前より身体が軽く感じるようになったが、今は戦闘中。余計なことは考えずに目の前の敵を倒すことに集中し、そのことは頭の隅に追いやった。
鎌はその長い柄のせいで刃から手元にかけては死角になる。相手に接近を許すと何もできないまま攻撃されるのみ、という欠点も武器としては致命的といえる。実際に武器として使用した場合、お世辞にもあまり使い勝手は良くはないとみて間違いない。
そんな特徴があるので、その隙を作った。
低い姿勢から
ギィィィィン!
鎌の刃側ではない柄の部分だけで、
「ーーーーッ!!」
完全に虚をついたのにあっさり止められ、私は絶句した。
一旦、鎌の柄の端で押し出され解放されたが、すかさず攻撃を仕掛けた。鎌を器用に動かし右手に持っていた
鎌が私の手の甲に触れたと同時に、鎌を鋭く内側へローテーションさせることで、
私の方向へ飛び込むことで、鎌は
スライドさせた鎌に自分の体重をしっかりのせ、決して後ろに引くこと無く、前へしっかり飛び込む。
そのまま、私は
後ろに転がっていく。雨で地面がぬかるんでいる状態だったので怪盗服が汚れ、回り続けた影響で保有しているマガジンが2つ地面に落ちた。
ピエロは鎌を片手で回りながら、ゆっくり私の方に歩み寄りマガジンが落ちた位置に一旦足を止めた。
「彼から聞いた時は半信半疑だったけど、これは中々、良いモノだね!」
拾い上げられたマガジンをじっくり見ながらピエロはそう呟いた。
「自分達が選んだ人から成分を抜いて加工するから少し手間ですが、こんな綺麗なモノが手に入るならやってもいいですね。それにしても、私の攻撃をあそこまで対応できる人がいるとは正直、驚きました。ここ10年、いろんな方と手合わせされて頂きましたが、どれも退屈で最近は戦闘なんてやっていませんでしたが、意外と身体は覚えているものですね。それに、こんな良いモノも新たに発見できました」
重い足を上げ立ち上がりピエロに対して睨めた私。
「返して、それは私のモノ」
「うん? この感じ、どこかで......」
「......今日はこれくらいにしましょう」
「貴方も全力ではなかったようですし。次は万全の状態でお願いしますね、お嬢さん!」
そう言って、ピエロは消え去った。
大量の雨と1人の女の子と女怪盗をおいて......
灯達が使えるソドール能力。
No.14 ライオン 白黄色
No.25 カメラ 黄茶色
No.33 ホッパー 青ピンク色
No.35 スパイダー 赤紫色
No.47 シャーク 青水色
No.48 ボーン 茶橙色
No.52 ダイヤモンド 水白色
No.53 ミラー ピンク赤色
No.55 クレーン 煉瓦橙色
No.56 ラッキー 茶黄緑色
赤悪魔が使えるソドール能力
No.37 マント 黄緑青色
No.59 アイヴィー 緑黄緑色
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます