30話 5月21日 Ⅰ

 5月21日

 約束通り、すずちゃんとあやちゃんが朝から家に来てくれた。


 綾ちゃんが心配した顔で私に尋ねる。

「灯ちゃん、身体の調子は大丈夫?」


「うん、ごめんね。休んじゃって......」


「良いよ、良いよ、急に体調が悪くなるなんて良くあることだから、気にしなくて良いよ!!」



「男子は沈んでいたけどね〜」


 昨日、私が休みことになってクラスの男子は放課後まで葬式ムードになっていた。

 朝から波乱だったらしい。クラスの男子は阿鼻叫喚し、女子はそんな男子の様子を見せ憐れんでいる。

 その結果、男子は放課後まで授業を碌に聞くことが出来ない状態になっており、我に帰った時にはその日の授業の内容を忘れさらに沈んでいたらしい。

 女子は知っているが教師陣はその状況を利用してなぜかテストに出そうな重要な所をサラリと伝えていた。


 いつもなら、学校中に鳴り響く終了のチャイムと同時につまらない学校から解放され喜びを全身を使って表して家に帰る者、テスト準備期間中なため、部活動に励んでいる者は暇を持て余して仲間とどこかに行く予定を考える人など、様々な考えを企ているが、この日だけは一味違った。

 クラスの男子が一切の乱れがない美しい土下座フォームをクラスの女子に見せている。


 しかし、女子は全員、鼻で笑い帰ったと綾ちゃんが説明してくれた。


「そこまでのことになるなんて......」

 綾ちゃんの説明を聞いた私の率直な感想である。


 そんなこんなで、勉強会が始まった。

「ねぇ、灯ちゃん、ここなんだけど」


「あぁ、そこは、こおやって、考え方を工夫して......」

 わからない問題があった場合、どこがわからないかを始めにちゃんと確認してから、1つ1つ、順番に追っていって、説明をしていけば問題は解ける。これはクロとの勉強で初めてやってくれたやり方の1つ。




「うんうん、灯様もうまく他の人に教えることが出来ていますね!」


「そんなにだったんですか、灯は?」


 クロはすずちゃんの質問に頭を上下して頷いていた。

「灯様は諸々の諸事情で記憶が欠落しております。それでも、何かをしなくちゃと考えており、莉子様の考えで高校に編入することにしました。編入できれば、そこで何か変われるのではないかと思いましたが、初めはうまくいきませんでした。しかし、今はこうして友達と一緒に遊んだり、勉強会をすることが叶いましたーー最近の灯様は、とても生き生きしております」


 その言葉を聞いて、私こと橋間すずは口角を自然に少し上げる。


「ありがとう、灯ちゃん! 私の理解が遅くて......」


「気にしちゃいけないよ。人間誰だって、得意不得意があるんだから。他人がそれに対して怒ったり、苛立ちしたりすることが無意味だもん!!」


「あ、ああー、灯ちゃんはやはり天使様でしたか、ありがたやー」


「拝まない、拝まない。まぁ、綾ちゃんが叱れば覚えてくれるならやってあげようか?」


 綾ちゃんは両手をクロスして拒否していた。

「断固します、今のままでお願いします」





「もしかして、灯のあれってあなたの影響とかですか?」


「少し、厳しく教育をした結果です......あとは、無自覚でやっています、あれは」

 クロとすずちゃんが私の方を見てため息を漏らしていたが、私はなんのことかわからなかった。



 夜、先程まで雲に覆われて薄ぼんやりと輝く月が綺麗だったが、徐々に雲が厚くなり雨が降ってきた。


「あぁ、雨......」

 誰が発したのかわからなかったが、それに反応して全員で窓の奥に広がる土砂降りの雨を見ていた。


「どうしよう......傘とか持っていないし」


「今日って、降水確率10%ぐらいだったのにショック......」


 2人が外を見て悩んでいた。

「それだったら、今日は泊まって良いわよ」


 2人はその言葉に反応し振り向くとこの家の家主の璃子さんがいた。


「あなたが灯が言っていた璃子さん?」


「ごめんなさいね、挨拶が遅れてしまって。ちょっと、自室に籠って仕事していたものですから」


 黒髪の美女がそこにいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪、見た目は二十代後半かもしくは......身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており衣服からでも分かる二つの双丘が激しく自己主張していた。そして、何より研究している人達がよく着ている白衣がよく似合っていた。


「改めて、初めまして、私は天織璃子(あまおりりこ)。灯の叔母にあたる人です、よろしくね2人とも」


 2人は初めて見る璃子さんに驚愕していた。

「凄い、綺麗......」


「灯ちゃんが天使なら璃子さんは女神か何かかな......」


 2人の共通認識で天織家、恐るべしと頭にインプットされた。


「しかし、私達が女で良かったってつくづく思いよ。こんな美女と美少女が一緒になって生活している空間に男子が見たらと思うと......」


「あぁ......確かに」


 この家の住人を学園の男子が見たら、盛大に反応してしまい、思春期真っ只中の男子高校生は若干前屈みになることこの上ない。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれないし、ただでさえ、昨日の男子生徒の様子を見ていた女子生徒がそんな状況を目撃していたら、彼等を見る目がゴキブリを見る目と大差がないのかもしれない状況になる。


 あれ、なぜか鮮明にイメージが出来てしまう私がいる。


 璃子さんの申し出で2人は家に泊まることになった。





「はふぅ~ 最高~」


 すずちゃんの気の抜けた声が風呂場に響く。


「ちょっと、すずちゃん。なんだか親父くさいよ」


「いやだって、こんな気持ちいんだもん、そりゃ、こんな声も出るよ」


 今、私達3人でお風呂に入ることになった。


 璃子さんの趣味なのかお風呂まで豪華な造りになっていた。

 天井や壁、お風呂用具まで煌びやかな造りで装飾も凝っている。お風呂の端には熱帯植物が繁茂していおり、湯船の表面には大量の花びらが浮かんでいた。赤、青、白などの様々な花が散りばられ、気分はお花畑に囲まれたバスタブそのもの。

 豪華なお風呂を代表するかのようなライオンを模した彫像が置かれている。ライオンの口からはお湯が溢れ、小さな滝にようになっていた。


 私は首を捻りながら視線をあちこち見ていたが綾ちゃんの姿が見えなかった。


「ねぇ、すずちゃん、綾ちゃんは?」


「あれ? 脱衣所までは見たけど......」


 私は脱衣所がある方向を見ると、綾ちゃんがいた。入口の扉から顔だけ覗かせている綾ちゃんを見た。

「何やってるの、早く来なよ、綾!」


「そうだよ、綾ちゃん、気持ち良いよ!!」


「ねぇ、絶対にこっち見ないでよ」


 そう言って、タオルを胸の位置まで巻いており、頬を赤く染めながら綾ちゃんは小走りでこちらに向かってきて湯船に浸かった。


「んっ......気持ちいい......でも熱いよぉぉ!!」


 綾ちゃんのリアクションを見ていた私達は何かと察したのかもし訳ない表情を浮かべた。


「綾ちゃんって......やっぱり......」


「言わないのが正解だよ、灯......」




「やっぱり、こうして友達と一緒にお風呂に入るのは楽しいね」


「そんなに一緒に入りたいならいつでも呼びなよ!」


「灯ちゃんって、意外と寂しがりやさんなんだね!」


「違うよ、そんなことこれっぽちも思っていないんだから、勘違いしないでよね」


「ほうほう、聞きましたか綾殿......」


「えぇ、確かに聞きました、すず殿!!」


 2人は湯船から立ち上がり私に覆いかぶさった。


「しっかし、改めて見ると凄いな、灯は......」


「本当だよ、私にも分けて欲しいくらいだよ!!」


 湯船の中で2人に色々、いじられた私はヘトヘトになりながらお風呂から上がった。


 今日は、自分の部屋じゃなくてお客様用の部屋で3人一緒に寝ることになった。


 私とすずちゃんは寝る準備をしていたが、綾ちゃんはすやすやと寝息を立てていた。


 よっぽど疲れたのか、頬に指を当てても目を覚ますことがなかった。


「長時間の勉強とお風呂での運動で疲れない方がおかしいか」


「それを言うなら、すずちゃんだって、私になんて事するの、今に見てなさい!」


「受けてあげるよ、灯!!」


 ふと、私の携帯端末が鳴った。画面を見ると璃子さんからだった。

 同じ家にいるのに、なんで電話なんかと思ったがすぐに出た。


「ねぇ、灯。まだ、橋間すずは寝てない?」


 すずちゃんの方を見て璃子さんに言った。

「起きていますよ、どうかしたんですか?」


「2人で研究室に来てくれない、この前言ったこと実行するから」


 この前......なんですずちゃんだけはソドールの成分を抜かれても記憶が残っているのか私とクロ、璃子さんが疑問に思い、すずちゃんを検査する作戦を立てていた、例の事。


「ねぇ、すずちゃん......来て欲しいところがあるんだけど」


「うん? 良いけど、どこに?」


「私の本当の活動場所に」


 私達は寝返りで顔が見えないがぐっすり寝ているであろう綾ちゃんを起こさないように部屋を出て、すずちゃんを研究室に案内した。


 そんな2人の後ろ姿を暗い中、薄く目を開けて、じっと見つめている瞳があった。

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