インプロヴィゼーション

さて、すっかり夜も更けた宮殿の庭園で急遽行われる罪人の極刑。ちなみに古代ローマの時代から公開処刑は民衆にとって最高の娯楽です。その証拠に真夜中にも関わらず宮殿には庭園を埋めつくさんばかりの人形がいました。                 

彼らは一体何を思うのでしょうか。嬉々として首が飛ぶのを見るのでしょうか。或いはこんな野蛮な事こりごりだと顔を顰めるかも知れません。しかし、彼らは依然として感情を表に出せないので、どう思おうが知ったこっちゃありませんね。

 彼らが見守る中、Aはしっかりと一歩ずつギロチンが待つ斬頭台を登りました。登りきり、台の上から群衆を見つめました。

 辺りを人形達が埋め尽くしています。その中にある大きな台の上でミジンコは冠を被り、大きな玉座にふんぞり返って座っていました。そして、その脇には犬と豚が立っていて、犬は威厳たっぷりに堂々と斬頭台を見据え、豚はオドオドとひっきりなしにキョロキョロ周りを見渡しています。

 豚と犬はこの世界に常に存在し続けます。それはきっと有史以前からそうだったのでしょう。なんだか、さっきまで憐んでいたのがアホらしくなります。しかし、世の中とは常にそう言ったものなのです。愚直な人間よりも時世を見てすぐに身の振り方を変えるのもひとつの生存戦略と言えましょう。

 Aはと言うと、ミジンコのお尻から小さな尻尾が生えている事に気が付きました。おそらくミジンコ本人は死ぬまでそれに気が付かないでしょう。

 いよいよコメディア・デッラルテのストックキャラクター達は殆ど受け継がれたと言う訳です。

 Aはこの瞬間を待っていました。哀れな悲劇に幕を引くのはデウスエクスマキナと相場は決まっていますからね。

 ほら、思った通り、暗黒の空から斬頭台に向かって光の柱がゆっくりと降りてきました。

 皆一様に空を見上げます。

 すると、翼が生えた男が光の柱の中をゆっくりと降りてきました。デウスエクスマキナです。

 デウスエクスマキナは群衆の真上に舞い降り、ゆっくりと全員に向けてよく響く声で言いました。

 「死刑をすぐにやめなさい。考えることをやめなさい。安心なさい。全てを任せなさい。子供らよ、今こそ幸せにしてあげましょう。私が安らぎを与えてあげましょう」

 誰も何も言いませんでした。人形は更に人形然とした態度になり、ミジンコの王冠はいつの間にか消え去り、それはデウスエクスマキナの頭上に輝いていました。

 そしてミジンコも豚も犬もパリパリと音を立てその皮膚が裂け、木でできた皮膚が露出しました。ついに彼らも人形に落ちたのです。

 今や暗黒の世界には人形とデウスエクスマキナしかいません。

 デウスエクスマキナは歌います。遂にこの馬鹿げた劇も終劇の時間です。

 


デウスエクスマキナ 『これぞ暗黒の王国』


 哀れな人形達を直ちに釈放し

 二度と過ちを犯さぬよう

 愛と虚無と無意味な物語

 これぞ聞きしに劣る『暗黒の王国』なり

 さあ、歌おう、声、高らかに

 さあ、笑おう、明日を信じて

 君は既に自由なのだから


           暗黒の王国 〜完〜










 「僕は君の言うことを否定する」


 幕は下り、観客が帰ろうとする中、幕の奥の舞台からAのハッキリとした声が聞こえました。

 手荷物を持って立ち上がった観客はまた座り直し、何事かと待ち構えています。

 幕は再度上がります。そこで行われるのは演者達のカーテンコールではありません。今から真の舞台が始まるのです。

 これには脚本家は慌てふためき、そのぷりぷりと太った身体とそこから無数に生えた短くて小さな手を振って、やめろやめろと騒いでおりますが、演出家である私は彼の言うことを無視して、Aにゴーサインを出します。

 演劇で一番面白い瞬間は何しろ、アドリブです。そこには最早筋書きはなく、どう転ぶのかまったく分かりません。もちろん、私にも。

 コメディア・デッラルテは役割すら放棄し、筋書きをなぞり続けたお話はインプロヴィゼーションに変化したのであります。

 それでは、最後までどうぞお楽しみ下さい。


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