10.革命は成功し、新たな暗黒の王国が誕生する
ビートルに乗り込み、Aは城までの道をひとり運転しました。
彼には自分がすべきことを確実に理解していました。
だから、城にたどり着いた時、犬に『クジラ殺しの刑』で逮捕されても不安はなく、抵抗もせず、牢屋に黙って入りました。
牢屋に寝っ転がり、天井を見ていると誰かが牢屋の前までやってきました。
起き上がってみると、そこに立っていたのは人形作りの男でした。
「これがミスターキャタピラーの書いた脚本だったんだよ。君はただのスケープゴートだったんだ。君はクジラ殺しの犯人として極刑に処される」
「そして、君は新しいクジラになる」
「本当は僕もこんな役割したくないんだよ。本当は草や花の名前を覚え、好きな音楽や本を読んで気ままに遊んでいたい。でも、僕が僕に与えられた役割を演じないとこの世界は崩壊してしまう」
「別にいいじゃないか、崩壊したって」
「恐ろしい事を言うね、もしも崩壊してしまったら、何十年と言う王国の歴史が無駄になってしまうよ」
「誰かの涙の上に成り立つ王国なんて崩壊してしまえ。僕は君に自由の称号を与える。人形を作ることも、彼らを働かせることもやめて、花や草の名前を覚えて自由に生きるんだ。僕はこの世界がなんなのか理解した。それを踏まえた上で言っているんだ」
「お前如き人形が何を言う。これは俺とお前の作った計画だろう。もう遅いぞ、また違う『騎士』がこの城にやってきている」
男は顔を顰め、Aを怒鳴りつけ、すっと彼の姿は消えてしまいました。
それとほぼ同時に人形が二人、牢屋に走ってきました。
「釈放だ。クーデターは成功した。この国は終わったのだ」
人形達に連れられ、城の庭園にいったらば、そこには人形達の群れがいて、その中央には王と犬と豚がいました。
もうすっかり日は落ち、暗闇が辺りに広がっていましたが、三人の周りにだけ松明が立って煌々と彼らを照らしていました。三人はそれぞれ手足を鎖で縛り付けられ、王に至ってはその七つの首すらもひとまとめに縛られています。随分と強く締め付けられている様で、彼らの手足は擦り切れ、血がこぼれ落ちていました。
「こんな事をしてお前らただで済むと思っているのか。ここは暗黒の王国、忘れられた革命、我こそが王、我こそが絶対」
そこまで王が言った時、ひとりの人形が王の首をひとつ剣でちょん切ってしまいました。
王は途端に大人しくなりました。自分の運命を悟ったのです。彼は既に出番の終わった役者で後は殺されるか、静かに舞台から去る以外の道はありませんでした。
ドシンと音を立てて落ちた王の首を見て、豚は恐怖のあまり失禁してガタガタと震えていました。犬はなんとか平静と威厳を保とうと、背筋を伸ばし、毅然とした態度を取っていましたが、その身体が微かに震えている為、恐怖している事は明白です。
こうなってしまえば、いくら感じの悪い二人も些か哀れに見えるのは私だけでしょうか。
「やあやあ、これぞ革命、これぞ騎士の所業。我こそはミスターキャタピラーに任命された騎士である」
その声の方を見れば、ミジンコが立っていました。
彼はもう、クラゲの中に収まるほど小さくありません。両脇に人形を引き連れ、のしのしとAの元まで歩いてきました。
「君とは久し振りに会うな」
その声は自信に満ち溢れ、以前会った時の様な矮小さや卑屈さは感じられませんでした。しかし、Aはそれが見せかけのものだととっくに気がついています。Aにはミジンコの正体などすっかりお見通しなのですから。
「随分と変わったね、身体も大きくなった」
Aは臆する事なく言いました。
「昔の僕と同じと思うなよ」
ミジンコは凄んで見せましたが、Aはちっとも気にしません。
「いや、昔と同じさ」
「なに、失礼なヤツだな」
「人はそんなに短い期間で大きくなったり、小さくなったり出来ない。身体の大きさを合わせる事は最初から不可能だったんだ。世界に合わせて小さくなった様に、君は役割に合わせて大きく見せているだけなんだ。実に滑稽に見える」
ミジンコはAを睨みつけましたが、Aはどこ吹く風、涼しげな目でミジンコを見つめています。
ふっと笑ってミジンコが先に目線を切りました。
「僕は今、大義の為に行動している、些事は許そう。この王国は今や自由だ。みんなが平等に生きる楽園の様な国を作るぞ。今や王はいらない。必要なのは労働者と温かな食事のみ」
ミジンコは高らかにそう言いました。人形達は誰も賛同も否定もせずにミジンコを見つめています。
「自由だなんて嘘だ。ハッタリだ。本当に自由なら何でみんな人形のままなんだ?お前は新たな暗黒の王に過ぎない」
Aは毅然とした口調でそう言いました。これには流石にミジンコも怒った様でプンスカと頭から湯気を出さんばかりに怒ってしまいました。
「つけ上がりやがって、俺に楯突くとは愚か者め、死刑にしてやる。死刑だ死刑」
ミジンコは人形達に命じてAを捕らえました。両腕をがっしりと掴まれ、Aは斬頭台に送られました。
さて、暗黒の王はと言うと・・・あれ、いませんね、あ、いた、いました。見えますか?あの大きな異形の龍は今や小さな蛇になっていました。それこそが彼の本当の姿だったのでしょう。彼は辺りを見回しながら、誰にもバレない様にコソコソと這い回り、宮殿から姿を消しました。
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