7.笑えないコメディ

ホールは馬鹿みたいに広くて、シドニーにあるオペラハウスでもこんなには大きくないだろうとAは思いました。

 席は満員で殆どが人形です。感情を表に出してはダメなのに観劇を見るとは全くもってAには理解できませんでした。

 後ろを見上げると、二階席の中央部、つまりミッテルロージェからは王が七つの首を伸ばして観客席を見下ろしていました。

 Aは一体何が始まるのか気になってそわそわと落ち着きなく、何度も座り直したり、髪をいじったりしていました。

 しばらくするとホールの灯りは消え、シンとした静寂が辺りを包みました。

 舞台の幕が上がり、いよいよ劇が始まります。



『最大の観劇』開演


 天体望遠鏡が舞台には設置されている。不規則な旋律が鳴り響く。

 年老いた雌猿、サルメが登壇する。

 

 顔は白粉を塗り、唇には真っ赤な口紅を差し、白い純白のバレエドレスを着て、奇妙なダンスを始める。

 

 (その姿を見た時、言いようのないグロテスクさをAは感じました。不相応な衣装に身を包み、人間のモノマネをした猿。もしも、この場に誰もいなければ、Aは立ち上がり、舞台に上がり、二度と猿が立ち上がれないほど殴りつけていたところでしょう。)


 舞台の上で不揃いなステップを踏み出すサルメ。

 目には涙が溜まり、それが彼女の悲哀を雄弁に物語る。

 ここでサルメ歌う。


サルメ「私はサルメ、どうしても欲しいのあの人

私の大事な人。私は全てが欲しいの、欲しいの、欲しいの、欲しいの。

    手に入れられたら火に焼かれてもいいの。

私は辛いの嬉しいの。悲しいの楽しいの。死にたいの生きていたいの。

    もうよくわからないの」

 

 舞台端からひとりの男が現れる。

 プロメテウス。白い布を身に纏い、フードを深く被り顔は見えない。杖をついてサルメの所まで行く。

 プロメテウスの姿を見たサルメ興奮のあまり、ホッホッホッと短く喘ぎ、ステップの速度を早くする。

 サルメ二度目の歌唱


 サルメ「愛しい人、愛しい人、あなたの全てが欲しい。

どうか、私に口づけをして、どうか私に全てを差し出して」


 サルメ、ここではまるで死にかけのゴキブリが発する鳴き声の様な汚い声で歌う。


 プロメテウス「僕は君の醜さと愚かさを咎めたりはしない。それすらも世界を循環させ

る歯車でしかないのだから」


 舞台には花々が現れる。

 花々は歌い出す。

 

  花々「リトルスターリトルスター麗しい日々。

私たち、貴方達を喜ばせる為に産まれたけれど、

どうすればいいか分からない。

     リトルスターリトルスターどうか私たちを救って下さいまし」



 更にチェロが登壇。チェロは美しいメロディを奏でる。

 それとは別の音階でサルメが歌い出す。


 サルメ「歌は美しい。暗黒の王国も美しい。この国に生まれてよかった」

 

 花々もそれぞれ別のリズム、テンポ、音階で美しい歌を歌い出す。

 

 花々「讃えよ讃えよ。リトルスターリトルスター。ところでリトルスターってなに?」


 そのひとつひとつはどれも素晴らしい旋律なのですが、その全てが混じり合う事なく独立して存在し続けていて、音楽は堪え難い騒音となっていました。思わず耳を塞ぎたくなる程の酷さです。

 

 プロメテウスが望遠鏡を覗き込みます。

 

 プロメテウス「太陽を覗いたから目が潰れてしまったよ」


 彼がそう言うと幾千もの星が舞台に降り注ぎ、舞台は光り輝きました。


「最大の観劇」完

 

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