6.集合的意志と暴力

 次に部屋に入ってきたのは軍服を着た犬と先程の豚でした。

 犬はAを見ると「これが」と短く言い、後ろにいた豚はへりくだり「へい、そうです」と揉み手をして答えました。

 なるほどなるほど、と言いながら犬はクンクンと部屋の匂いを嗅いだ後、豚をぶちました。

 豚はもんどり打って倒れ、頬を押さえながら「すいません、すいません」と言い床を転げまわりました。なんだか楽しそうに見えます。

「来い、騎士に任命された人形よ」

犬は毅然とした態度でいうからAもつられて、ビシリと立ち上がり、はい、と短く答えました。



 犬と豚の少し後ろを着いて歩き、宮殿内を回り、王の御前にAは通されました。

Aの眼前には両端の壁に槍をもった人形が隊列を組み並んでおり、そして、奥には王が鎮座しておりました。

 暗黒の王は異形の龍でした。四本の足で立つ姿はまるで象みたいですが、肩のあたりから首が少なく見積もっても二十本は生えており、それぞれの先端には男の顔がくっつき、それは全て違う顔をしていました。

Aが呆気に取られていると、人形二人がうやうやしく前に出てきて、王の目の前に紙を広げ、その両端を二人は持ち、王はその紙を凝視しました。

「よく来たな。騎士よ」

なるほど、紙はカンニングペーパーで、王は役人の決められた事しか言わないのか。とAは気付きました。そして、そのセリフを全部の頭が同時に言うものだから、Aはなんだか頭がこんがらがってしまいそうでした。

「貴公は今からある者を討ち取ってくるのだ」

「クジラですよね?」

Aがそう言うと、犬はワンワンと吠えて、バコンとAの顔をぶん殴りました。

 あんまりにも強烈なパンチだったのでAの歯は何本か欠けて地面にコロンと転がりました。



 Aは顔を抑えてその場に蹲りたい程の痛みを感じたのですが、なんとか耐えて立っていました。自分の我慢強さに少し驚きました。

「王の御前であーる」

犬はそう言うと数歩下がり、ピシっと背を正して気をつけをするのでした。

「私は何を討ち取るか明言はしない。もちろん、これは記録にも残さない。しかし、お前は忖度し、慮り、最大限努力する必要がある」

また王は紙を見ながら話しました。

「お前に騎士の身分を授ける。いざ行かれよ」

王がそう言った瞬間、犬が慌てて王に駆け寄り、何やらゴニョゴニョとコソコソ話をしています。

「行く前にお前の壮行会を行う。ホールにて舞台『最大の観劇』を見てもらう事になっている。それでは皆のモノ、ホールに移動じゃ」

そう王が言うとゾロゾロと人形も犬も豚も部屋の外に歩きだしました。王はと言うと、言い終わると同時に頭のひとつが「なんだよたくよー」と言い「お、やるか」とこれまたひとつが言い、そうかと思うと「暗黒の王国は民主主義国家であるのに、王がいるとは専制君主制ではなかろうか」とひとつが言ったかと思うと、それぞれの頭が喚き出し、ひどい騒ぎになってしまいました。

 王達が発する言葉のほとんどは支離滅裂で全くもって醜い有様でした。すると、怒り心頭となったひとりの王がまた別の王の首にムシャリと噛みつき、その首根っこを引っこ抜いてしまいました。それを皮切りに王達は共食いを始めてしまいました。

玉座には血が飛び散り、共喰いをする王の姿は惨過ぎて直視出来ないほどでした。

Aは両手で目を覆ってしまいました。もう、何も見たくありませんでした。

 どれほどの時間が経ったでしょうか。物音が止み、恐る恐るAが目を開けて見てみると、王の首は七本だけ残っていました。

その首に付いている顔はどれも下劣で品性のかけらも感じさせない顔つきでした。「よし、それでは行こうか」と王達はにこやかに言いました。

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