5.かしこい人形作り

ミスターキャタピラーの言う通りの道を行くと、大きな城の前に辿り着きました。

 城門を挟むように二体の人形が槍を持って立っていました。

「すいません。ミスターキャタピラーに頼まれて脚本を持ってきました」

おずおずとAは人形に話しかけました。すると、突然人形達は槍を構えてAを取り囲んでしまいました。

 「何者だ」

「どこから来た」

「ここは一歩も通すなと命令されている」

「命令は絶対で破ると罰を受ける」

「だからここを通すわけには行かない」

森で会った人形と同じく、声の調子も音程も狂っていて、Aは思わず耳を塞ぎたくなりました。

「しかし、脚本を王に渡せと言われているし、私は騎士です」

Aは胸を張ってそう言いました。

「ダメなものはダメだ」

人形の態度は頑なです。

 その時、城門の扉が少しずつ左右に開き、木の扉は軋み、ゾウが欠伸をする時の様な呑気な音が周りに響きました。そして、扉の間から豚がひょっこり頭だけ突き出して、こちらをうーむと唸りながら見つめてきました。

「あ、誰かと思えば貴様はミスターキャタピラーに使わした人形か。お前らはみんな見た目がおんなじで見分けがつかん。ささ、早く入らんか」

「しかし、彼らに足止めされて入れないのです」

それを聞くと、豚は途端に顔を顰め、ぐいぐいと大股で人形に歩き寄りました。

「おいお前ら、何している」

 「ここは通すなとの命令です」

「こいつは別だ」

「私達が受けたのは何人もここは通すなと言う命令です。命令に矛盾しています」

「五月蝿い人形め。お前なんてこうしてやる」

そう言うと、豚は短い足で思い切り人形の足を蹴り上げました。すると、人形の足はペキリと折れてしまい、そのまま地面に崩れ落ちてしまいました。

「ささ、入るぞ。早くしろ」

豚はふんふんと鼻を鳴らして言います。Aは黙って彼に着いて城内に入りました。

 城内は宮殿に続く白い道と、それを取り囲む庭園が視界いっぱいに広がっていました。




 その白い道を豚はコツコツと足音を立てて早歩きで歩いて行きます。

 「さっきの人形、痛くなかったのかな」

Aは独り言をポツリと呟きました。

 「なんだ。人形の癖に変なことを言うな。知らないわけではあるまい。足が折れたら絶叫するほど痛いに決まっておろうが。あの折れ方は酷かったな、これからは一生片足だろう」

「でも、あの人形、まるで痛みなんてないように見えましたよ」

「人形は勝手に感情を表に出す事を禁じられているからな。人形が感情を発露する為には、まず感情庁に感情発露届を提出し、書類に不備がないか二ヶ月精査した後、感情部発露課により半年に一度開かれる感情審議委員会で承認を得ねばならない」

「つまり?」

「人形が感情を表に出すことは不可能ということだ。お前も含めてな」

Aは嫌な気持ちになりましたが、その感情を出すと豚に何をされるか判ったものではないので、黙って無表情を作り、豚について行きました。



 二人は宮殿の中に入り、豚はAから脚本を渡されると「この部屋で待ってろ」と乱暴に言い残し、ツカツカと長い廊下の奥に消えていきました。Aはと言うと、言われた通り部屋の中に入りました。そこは小さな机と椅子がひとつずつしかない酷く殺風景なところでした。

そこで椅子に座り、壁のシミをボンヤリと見ていましたら、コンコンと扉を叩く音が聞こえたので、どうぞとAが言うと、シンプルだけど品のいい白いシャツとジーンズを着た顔のない男が部屋に入ってきました。

「君がミスターキャタピラーの言っていた騎士かい?」

「あなたは?」

 男はすぐには答えず、どこに持っていたのか、椅子を一脚持ってきて、それをAの対面に置くと座りました。

 「人形を作っている者だ」

「なぜ、人形など作ったのですか?彼らはとても哀れに見えます」

「労働力を効率的に賄う為さ。仕方のない事だ。誰かが働かなければ世界は回らないからね。それに、哀れに見えると君は言うが、彼らはあれが幸せなのさ」

「そんな筈がない」

「彼らは滅私奉公こそが最上の喜びだと思っている。労働は尊いと思っている。もちろん、生活は苦痛だろう。だが、彼らは根がマゾヒストなのさ、誰も逃げようとはしない。そう言う風に暗黒の王が彼らを設計して、私が形にした。いいかい、この世は一部のサディストと大勢のマゾヒストで構成されているんだ。それに彼らは何も考えない。考えないことほど楽な事はない。つまりは幸せなのさ」

 「元々は違ったのだろう。君たちが歪めたんだ」

「全てはこの王国を回す為に必要不可欠なことだ。我々は須く歯車なのだ。王ですら王という歯車に過ぎない」

そう言うと男は立ち上がり部屋を出ようと歩きだしました。しかし、扉の前で彼は立ち止まり、振り返って言いました。

「ミスターキャタピラーは絶望している」




どう言うことだろう、とAは何も言わず、男の話を待ちました。

 「昔々、あるところに雌のツバメがいた。ツバメは生まれた卵を大事に大事に育てた。それこそ、四六時中、昼夜問わず抱きしめて育てたのさ。しかし、いくら月日が経っても卵は孵らない。ツバメは自分の愛が足りてないせいだと考えた。だから、これまでよりも強い力で卵を抱きしめて日々を過ごした。すると、ある日、強く抱きしめ過ぎて卵が割れてしまった。もちろんツバメは慌てふためいたさ。でも、それと同時に安心した。ようやく解放されると。卵から出てきたのは小さな芋虫だった。それが彼さ」

「ミスターキャタピラーは卵に寄生した虫だったのかな、それとも、ツバメのヒナそのものだったのかな」

 「どちらにしろ、芋虫である事には変わりない。彼は永遠に芋虫のままで嫌々脚本を書く運命にあるのさ」

男は興味なさそうにそう言って部屋を出て行きました。

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