◇12◆ 禁書庫へ、ようこそ。
私達は手を繋いだまま、静かな夜を駆ける。今夜はもう脅威は去ったから、私達を
――これは、『未知』を
追う側が恐怖を感じるなんて、中々に怪奇じゃないだろうか。だが、それもそのはず。私達が追うのは……捕食者なのだから。
「リィナ。ネリアルを最後に見掛けたのは〖
「そうだよ。私がアイを追いかける前に、向こう側の路地裏へと居なくなってしまった! 」
夜を駆け抜けて呼吸乱れたリィナが指し示したのは、〖
深い影はまるで【漆黒】で塗り潰したようで、本能的に身構えてしまう。【漆黒】は
轢断される最期に私の魂へと焼き付けられた、
――その時。私の恐れを撫でるように、
「待って!! お兄ちゃん!! 」
思わずリィナから手を離し、曲がり角の向こうへ去ったネリアルを追いかける! 宵闇の睫毛に瞬く
ネリアルが向かい合うのは追いついた私達ではなく……闇夜に浮かぶ、不自然な扉。
【観音開きの
私はくしゃりと皮肉に笑う。異世界から、新たな異世界への扉? そんなんありなの?
ネリアルが紺滅の扉に手を触れると、見知らぬ景色が垣間見えた気がした。……あれは、何?
認識する前に、滑るようにネリアルは去ってしまう。紺滅から白菫色へ化す髪筋と
「行こう、アイ! 」
――闇から切り替わった、ひんやりとした空気感。それに
憲法黒茶の
沈黙の命令を足元から伝えるのは、瑠璃色と
天色の月明を降ろすステンドグラスを冠するのは、神獣の
「アイ! 何処にいるの?」
木霊するリィナの声に、私は我に返る。追いかけたネリアルどころか、一緒にいたはずのリィナも隣に居ない。……まさか、私が手を離してしまったから?
「私はここだよ、リィナ! 」
同じ扉から入ったはずなのに、出る場所が異なるなんて! やはりここも異世界なのだ。リィナの声が聞こえた気がする上階へと、私は螺旋階段を駆け登る!
「下にいるの!? アイ」
「リィナは待ってて、今行くから! 」
突き出た二階の回廊は遮蔽物など手摺り以外無く、壁面の本棚に古書が並ぶだけの単純構造なはずなのに……どうして見渡してもリィナが見つけられないのだろうと、嫌な焦りがじわりと滲む。
理由はすぐに分かった。壁面と壁面の間に、新たな廊下があるのだ。本棚はまだ続いているらしい!
私の声を聞いたはずのリィナが、すぐに回廊へ出て来れないという事は、内部は迷路のように入り組んでいる可能性が高い。一瞬、飛び込むのに躊躇を覚えた。
「悩んでる場合じゃない! 今はリィナを見つける事が最優セッッ……!? 」
本棚迷路へ飛び込もうとした私の足は、何かに思いっきり引っかかる!
転ぶ直前。反射的に本棚に掴まるはずが重い古書を引き摺り出してしまう! ヒヤリと身構えて床に叩きつけられる私の眼前に、
「……って、あれ? 」
恐る恐る瞼を開いた私の眼前に広がるのは、重たい古書……では無く見覚えのある大好物! 『色彩図鑑』だ。
「天からのご褒美!? ……じゃなくってっ! ナニコレどーゆうこと……? 」
私を転ばした原因を確認すると。そこに積み上がっていたのも『色彩図鑑』。それに『植物図鑑』に、『花言葉図鑑』……?
ネリアルに借りていた“禁書”達だ。私は返却済みだが、どうやら片付けられてない様子。片付けをサボッた兄、という事実が染み込み……地味な苛立ちと同時に私は理解する!
――ここは、【禁書庫】だ!!
弾かれたように立ち上がった私は、試しに一冊。本棚から古書を手に取った。すると魔法のように……艷めく焦茶の革表紙が
「中身は……って、駄目駄目。リィナが待ってるんだからッ!? 」
禁書を抱きしめ。改めて本棚迷路へ駆け出そうとした私を邪魔立てしたのは、今度は禁書の山じゃない!!
―― 腕を引いて、私を背後から抱き締めた
「無駄に迷う必要は無いよ、アイ」
ピアノみたいに囁く心地良い声も、慣れ親しんだ
「ネリアル。何で……」
私は
「アイの好奇心と俺の容認が一致する範囲なら、答えてあげる」
「その前にリィナと会わせて。ここはネリアルの支配する異世界なんでしょ」
私は黒い不安を拭えない。為政者であるネリアルが禁書庫の
私達は今、ネリアルの手の内であり……私はリィナを人質にとられているのかもしれない。ネリアルが、私をリィナと会わせないと答えるならば。
「ああ。ここは俺の
黒い不安が当たってしまった私は、どちらにしろネリアルには逆らえない。仲間を作らせて取り上げるだなんて、酷く独裁的だ。
「お兄ちゃんは寂しがり屋だったって訳? 妹に友達が出来たからって、嫉妬は可愛くないんだけど」
「間違ってない。アイが俺の手を振り払ったら、今の俺は何をするか分からないから」
私を抱く
「教えてよ。……私の知りたいこと」
「なら、まずはその禁書を開いて。この異世界の秘密を知ればいい」
俯いた私は不安から縋るように抱き締めていた、【漆黒】の禁書を――痺れる指先でめくった。
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