◆5◇ 日宮殿は、今何処?
ぐずぐずと涙を溜める
「ねぇ、貴方の名前は……? 」
「リィナ……」
そう答えたきり、くりくりとした
「殺されかけて、赤ちゃん返りでもしちゃったみたいだね」
心地良いピアノみたいな声は、私を【混沌の筆】の群れにぶん投げたネリアルの物。戦闘が収束したのを見届けた所で、迎えに来たらしい。冷静に瞬く
「ちょっとお兄ちゃん!! 幾らなんでもスパルタ教育過ぎなんだけどっ、可愛い妹が死んだらどうする気だったの!? 」
「アイはあれくらいじゃ死なない。
うっ。愛しい、と言う言葉で誤魔化そうったってそうはいかないんだから……。ついでにキラキラと美しい微笑もつけた訳ね。
次の反論に口火を切りかけたが、きゅう……と私の紅白の羽織を掴んだリィナの掌に口を閉ざす。
「アイ……? 」
「そう、私の名前だよ。リィナは……ん? 足、血だらけじゃない!」
どおりでずっと涙を流していた訳だ。命懸けで、夜の街を裸足で駆け回っていたリィナの白い脚は胸が痛む程に傷だらけだった。足裏だけじゃない。転んだり、【混沌の筆】に捕まりかけたのだろう。擦り傷だけじゃなく、ぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具のような色にくすんだ傷もあった。
「【混沌の筆】に
傷だらけのリィナを、冷静に見つめるネリアルを睨む。
「またまた詳しい方法は私に投げるのね……どう具現化すればいいのか分からないのに」
「実際、【漆黒】を扱う為政者の一人である俺には〖純白〗の事は分からない。〖太陽の救世者〗になったアイの方が〖純白〗に近しい」
「……結局、ヒントは私の中か」
私はどんな使い魔を必要としているのだろう。
【漆黒】を
見上げた漆黒の夜空に浮かぶ『月』。
異世界が
――もう二度と戻れないはずなのに、『
―◆
「来て、〖
私は真横に構えた〖純白の槍〗に止まる、一羽の白い烏を具現化した。八咫烏は、太陽の化身であり導きの神。その三足は神と自然と人が、同じ太陽から生まれた兄弟である証。 月宮殿に居る私の心は、離れてても日宮殿に居る大切な人達と繋がっている。
「……あったかい」
「すぐに気づいてあげられなくてごめんね。もう痛くない? 」
リィナの怪我は見た目では治っているが……私は自信が無い。具現化して能力を扱うのは初めてだから。何もかも既知の事なんて無いけど。
だけど、涙の露を弾いた蕾が花開くように笑顔が溢れたリィナに安心する。私が男なら、この時点で美少女にノックアウトされていたかもしれない。
「うん! もう平気 」
「良かった……。なら、リィナに聞きたい事があるの。さっき『私以外本当に誰も起きてないの?』って言ってたけど……どういう事? 」
「目が覚めたら、さっきの野犬達がベッドに居た私を取り囲んでて……パパとママは起きないし、野犬達は私だけを狙ってたの。何とか外に逃げ出したは良いんだけど、ドアを叩いて助けを求めても誰も起きなくて……」
リィナは涙を我慢するように唇を結ぶ。思わず私は〖白絕の八咫烏〗を肩に乗せ、よしよしと頭を撫でてしまう。
「そっか……リィナだけが狙われてた理由なんて分からないよね」
リィナは頷く。何故【混沌の筆】はリィナの両親も狙わなかったのだろう。あんなに
「
「さっきの【混沌の筆】を従えていた為政者がって事だよね。あの
ボス:【混沌の筆】の額にあった
「
「
【混沌の筆】達を跡形も無く
「どちらにしろ【混沌の筆】達を具現化する供給源を残すわけにはいかないだろう。……で、彼女は仲間に相応しい? 」
きょとんとするリィナを前に、私はすぐにネリアルに答えられない。確かにリィナは『少女』で初めの仲間の条件に相応しい。だが仲間になるという事は、私と共に反旗を翻すという事……。またリィナが今日のように危険な目に合うかもしれない、と思うと頷けなかった。
「私には決められない。……だってリィナは明らかに未成年じゃない! 推定年齢十三歳! 」
びしっとリィナを指し示した私に、ネリアルは
なぬ……意外に可愛い……ですと!?
「……そっち? 」
あ、胸になんか刺さったかも。私はキュンとした胸を押さえ……じゃなくて!!
「私達の仲間になるなら、リィナはまた危ない目に合うかもしれない。ご両親と一緒に相談すべきでしょ! 」
「……アイは変なとこ常識的なんだ。肝心のリィナ自身はどうなの? 」
「確かに!! 」
クスリ、と微笑したネリアルから急いで目を離し、我に返った私はしゃがんでリィナに向き直る。
「ねぇ、リィナは……もし私が仲間になって欲しいって言ったら、どうする? 」
「仲間……? 」
可愛らしく小首を傾げたリィナはあまり状況が飲み込めていないようだ。詳しく説明する必要があるけど……そもそもとして命の危機に瀕したばかりの彼女を、暖かい場所で安心させてあげたいという気持ちが湧いた。成程、これが保護欲ってやつか。
「もし、リィナが良ければだけど……とりあえず今夜は、私達の〖
リィナの
大丈夫かな、私……。ロリ少女の誘拐者と間違われてないよね。微妙に心臓が痛いぞ。
「アイはおひさまが好きなの? 」
「ん……? そ、そうね。好き……なのかな」
リィナの天然は、私の緊張をズルリとコケさせた。〖太陽の救世者〗とか〖
「私も好き。アイと一緒におひさま、見たいから……それまで手を繋いでくれる? 」
おずおずと差し出された手に、私は思わず微笑んでしまった。
「もちろん! 一緒にブティックまで散歩しよっか。朝になったら、きっと綺麗な太陽が見れるよ。実は私も
初めてで。そう、紡ぎかけた唇を私は止めた。そんなはず、無い。この世界に転生した私は、生まれてから何度も見たはずだ……。異世界の月も……今日が初めてじゃないはず。何でそんな事を言おうとしたのだろう、変だな。
「楽しみだね」
にこり、と幸せそうな微笑を向けてくれたリィナに我に返る。私は手を取る。私より小さい掌に、暖められたのは私の方だった。
異世界の陽光もきっとリィナの掌のように暖かいんだろうと、朝を想像しながら……私達は〖
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