Ⅱ.海穹の瑠璃唐草編
◇6◆ 想像とは、ズレた太陽。
〖
鱗粉を引き連れて、朝日が与えてくれるはずの温かさは空虚な私達には受け取れない。膝を抱えた私は足元に届いた陽光に怯えるように、純白のショートブーツを引っ込めた。
私達が待ち望んでいた太陽が連れてきたのは、望まぬ朝だった。【混沌の筆】が奪っていたのは、リィナの平穏な眠りだけじゃなかったと、無力な私は気づいてしまった。
「……何で、パパっ……ママっ……! 」
笑顔を取り戻したはずのリィナの泣き声が、〖
朝になり、リィナは再会した両親と喜びと安堵を味わうはずだった。だがリィナを連れて、叩いた扉が開かれると……現れた両親は不思議そうにリィナを見つめた。
『ウチには、子供はいませんが。別のお宅の間違いだと思いますよ? 』
リィナとよく似た色彩と顔立ちの両親は、嘘なんてついている様子が無かった。振り返った私が、目に焼き付けてしまったリィナの呆然とした顔が忘れられない。事実が染み込んだ彼女は、ただ涙を流す事しか出来なかった。
「どうして……御両親は、リィナの事だけ忘れちゃったのかな」
「恐らく……
穏やかに語るネリアルは、朝日に透ける
私は『クヤカラ』とネリアルを同一視したくなくて、静かな怒りで否定した。
「
「アイがそう思いたいだけじゃないか? 痕跡すら、残された人達は感じられるかどうか……」
「分かってるよ! 私が覚えて欲しいって思ってるだけだって!」
リィナを想う私の怒りは、
――なんで、一緒に怒ってくれないの? 優しい『お兄ちゃん』なら、私を理解してよ。
リィナの泣き声で我に返った私は、衝動のままに紡ぎかけた言葉を呑み込む事が出来た。その言葉を世に放ってしまえば……傷つくのは、結局私だ。
本当にネリアルが他人の気持ちを理解出来ないんだとしたら、彼は『為政者』になってしまう気がする。
「クヤカラに会えば、リィナの御両親の記憶が戻る可能性はあるよね」
「為政者に会って、アイはどうする。『説得』だけでリィナの両親の記憶を戻して貰えるとでも……? 寧ろリィナの
静かに問うネリアルに感じるのが、小さな寂寞で済んでよかった。
「……戦うよ。説得が通じなければ、クヤカラの
立ち上がり『前向きな妹』に逃げた私を、
再びその唇を開いて紡ぐのは、呑み込んだ言葉とは同じじゃないんだろう。
「それでいい、アイは正しいよ」
「なら、また私を手伝ってくれる?
気を取り直し、ねだる時はしっかりと媚びなくては。後ろに手を組んだ私はキラキラと上目遣いを意識して、ネリアルとの距離を攻めた。
「な、なにを……」
「アレだよ、アレ」
「は……? 意味、分かんないんだけど……!? 」
ネリアルは理解するどころか、何故か白皙の頬を朱に染めて目線を逸らしてしまう。こら、ヒントから逃げるんじゃない! ムッとした私は、逃げようとするネリアルの両手を掴まえた!
「とりあえずリィナに、ちょっとでも元気を取り戻して欲しいの! 」
「リィナと今の行動に何の関係が!? とりあえず離れて……限界がくる前にっ! 」
「限界ってナニ!? 名前が思い出せないんだよ、アレ……
「……もしかしてローズジュースの事だったりする? 」
ピタリ、と逃げるのをやめたネリアルはゆっくりと振り返る。無表情だけど、刺すような
「そう、二つ創ってよ! リィナと私の分、お願い」
ピースサインを頬の近くで作って、しっかりと兄へのアピールを忘れない私。おねだり作戦は完璧ではと、満面の笑みでウィンク☆……したのに……なんだかネリアルの様子が……吹雪の幻覚が見えるよ。
「欲しければ、たっぷりと
掴まえたはずのネリアルに、私が捕まえられてない……? もしかして憂いのある美貌を冷たく張り詰めさせるネリアルは……怒ってたり、する?
「ハハハ……やだな……何で反省なんか……私が何をしたっていうの……」
「自覚ないなら、とりあえず口開けて」
宵闇の睫毛瞬く
「は……口!?……何で」
思わず噛んでしまった私を、眠気も吹っ飛ばす暴力的な清涼感が突き刺す! 逃げたくても飲み込めないし、口内を暴れ回るままに、舌を麻痺させる辛い刺激物を吐き出したら……乙女的な何かが終わってしまうからムリ!
「何でっ! 私がミントガム苦手だって知ってるの!? しかも黒いやつでしょ、コレ! 」
「さぁ? しっかりと
口元を押さえて涙目で這い蹲る私を、ガムの銀包みをちらつかせたネリアルは妖しい微笑で見下ろす。
「鬼畜兄! 最低! 」
「ミントが苦手なんて、アイは可愛い」
屈辱……! しかもミントガムに対抗する為には、やっぱり甘いローズジュースが必要なのだ!
「救世者活動の初めの一歩が辛いよ……」
リィナの為にも……自分の為にも……、口内を暴れ回る反省の責め苦からは暫し逃げられないのであった。
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