第27話 ワケありの仲間たち

 一方その頃、アルルはカノンに連れられて他の小屋へと顔を出していた。


「カノン、若い魔術士カップルが来たって噂はもう聞いたよ。久しぶりの旅人だあね、歓迎するよ」


 明るく出迎えてくれた中年くらいの女性は、背がアルルの腰くらいまでしかなかった。それを見てアルルは、小人の種族だと気付いた。その他にもエルフや獣人(犬や猫の耳がついた人種のことだ)等、様々な種族の人が各小屋に滞在していた。


「ここは皆がワケありなの。あなた達もでしょう?おっと失礼、自己紹介がまだだったね」


 それぞれ名前を言われるも、アルルは覚えるだけで精一杯だった。とは言え、視覚情報は豊富だったために名がわからずとも話はしやすかった。少し緊張しながらアルルも名乗った。可愛い魔術士だね、と異界人はもてなした。


「ここに旅人って旅人が来るのはいつぶりだろうね、カノン」

「あー……ジュリが来た時ぶりかねえ」

「ジュリはあの子は旅人じゃないだろう。あの子は"漂流者"って方がお似合いだあ」

「うーん、だったら……ラファじゃないかな」


 ラファと呼ばれたのは、茶色いローブをまとった青年だった。穏やかな雰囲気はあるがきりっと顔は整っていて、髪は白というよりシルバーに近い色をしていた。ずっと氷原に居るはずなのに、さらさらとした髪質だとアルルは思った。


「え、僕かい?僕も結構ここは長いと思ったけどな」


 ラファはアルルに視線をやった。お互いに透き通るような青い瞳と目が合う。アルルは不思議と安心感を覚えた。


「ごめんなさい、ラファっていうのはあだ名よね?本当の名前は―」

「僕はラファウル。構わないよ、さっきのマシンガン紹介で1発で覚えられる方がすごい」


 ラファウルの一言で一同が笑った。カノンが仕切るように口を開いた。


「ラファはね、アルル達と同じくある日急にフラッとやってきたんだ。確か恋路が上手くいかなくなったとかで」

「恋路ですって?」

「そんな赤裸々に話さないでくれよカノン。……まあ、そうなんだ、好きな人との仲があまり良くなくて」

「それで逃げてきちゃったの?」


 驚いたような声をアルルが出すと、ラファは苦笑する。先程の小人が、ただ振られただけだからあまり触れてやるな、とささやいた。話題は変わり、様々な話をアルルは聞いた。そして自身も今までの依頼の話などを面白おかしく聞かせた。


 ラファウルが異界に足を運んだ日、吹雪は無かった。彼の顔を初めて見た時、何だか寂しそうな人だ、とカノンは思った。これは長年のカノンの勘だったが、一目で人間の姿をしている人間ではない存在だと察した。ラファウルはすぐには自分から正体を明かさなかったが、タンポポが行動を起こした。

 タンポポは、ラファウルを呼び出し2人だけで話をした。


「ラファウル、貴方が人では無いことは何となく分かっています。錬金術か、魔術か何かで隠しているようだけど。とは言え、ここは異界。種族は関係ない掟だけれど、貴方を呼んだのにはきちんと理由があります」

「……はい」

「何となく分かっていたかもしれないけど、私は悪魔なの」


 ラファウルは大して動じなかった。


「ありがとう、タンポポさん。お察しの通り、僕は天使です」

「もうひとつ、聞きたいのだけれど。貴方はフェアリーの天使よね?」

「はい」


 すると、タンポポはラファウルの手を取り、話を続けた。それはラファウルにとって少し心が安心する内容だった。薬のことについてタンポポは触れた。


「カノンはとても腕の良い魔女なの。だから、薬のことも手伝ってくれるはず」


 ラファウルは言われるがままに、カノンに天使であることを明かした。何となく勘づいていたカノンはうなずくだけだった。


「ところで、何でここに来たんだい」

「愛している人との仲があまり良くなくてね」

「そうなんだ。でも、心配するんじゃないの」

「大丈夫だよ、僕が一方的に好きなだけなんだ」

「ふーん。それから、あんたラファウルって呼びにくいんだよ。ラファって呼んでも?」


 ラファウルは少し困ったように苦笑してうなずいた。

 異界で過ごしている間も、ラファウルは時たま想い人のことが頭によぎった。少し癖のある茶色の髪は、肩よりも少し上まで伸ばしていた。瞳も髪の色と同じ茶色で、少しタレ目で、でも睫毛は少女のように長くて。手指は細いけれど、どこかがっしりとしていて。その人はよく、いたずらっぽそうに笑う。たまにぼーっと外を眺めている時もあった。その人が幼い頃からその人のことを知っている。

 彼は人を殺す。殺した人の体を蹴り飛ばす。その美しい顔に血が飛び散る。その度にラファウルはその血を拭き取りに行く。


「マメな事するねえ、ウル。そんな事したって、俺はお前のことを好きになんかならないよ」

「……僕は、僕は傍にいれればそれで良いんだ」

「気持ち悪~」


 どうしてだろう。何故こんなにも、僕はこの人に惹かれてしまうんだろう。僕は知っている、君の無邪気なところも、汚いところも、全部知っている。

 カーター。僕の愛する孤独な人。


  アルルとカノンは弾んだ声で喋りながら小屋へ入ってきた。おかえり、とジュリは声をかけた。2人が帰ってきたところで、タンポポも帰宅した。


 「レンは?」

 「彼氏さんなら向こうでもう寝ているよ」


  アルルは薄暗い奥の部屋を覗くと、確かにレンが寝袋にくるまって眠っていた。眠りながら口元が微かに緩んだ。


 「笑ってる」

 「アルルちゃんの夢でも見てるんじゃないの?」

 「ちょっ、ちょっとやめてよー」


  その後少し女子トークをした。アルルも身体的に長旅に疲れていたため、レンの隣の寝袋に入るとすぐに寝てしまった。

  ある日、アルルはレンに起こされて目覚めた。カノンが食べ物の支度をし、タンポポはガタガタと音を立てながら武器の点検を行っていた。そんな中でもジュリはソファでいびきをかきながら眠っていた。


 「朝の氷原は綺麗よ。見てきたら?」

 「……お2人さん、それからこれを履いていくと良いよ」


  小屋のドアを開けて外へ出ると、2人はぶるぶるっと震えた。カノンから渡された靴を履いて、レンは1歩踏み出した。


 「えっ?!えっ凄い!自然のスケートリンクだ!」


  アルルとレンの他にも子どもや若者達がスケートを楽しんでいた。アルルも急いで靴を履き、軽やかに地面を滑った。


 「うわっこれどうやって止めるの?!」


  アルルは悲鳴をあげてそのままレンに突撃した。レンはアルルの下敷きになり、周りで滑っていた人達がそれを見て笑った。レンはアルルの手を取って一緒に滑った。


 「意外と下手くそなんだな、アルル」

 「認める」

 「認めるんだ」

  「……異界の人達は皆幸せそう。何だかカノンの言っていたことがわかってきたかも」

 「……でも」


  でも、もう別世界へ帰ろう。レンはそう言おうと思った。アルルは微笑んでレンが何か発する前に言った。


 「もう良いの?私どこまでも行くよ、レンの行きたい所だったらどこだって」

 「……残念だけど、俺友達少ないからさ。それにベティやツバサがアルルに会えなくて寂しがっているかもしれない」

 「別世界を出てきてもう何日くらい経ったのかな」

 「わかんない。1週間?2週間くらい?」

 「じゃあ、今日帰ろっか」

 「今日?」

 「うん。決めた日に帰るのが一番良いんだよ。これ以上居ると私帰りたくなくなっちゃいそうで」


  そう言ってアルルはレンの腰にぎゅっとくっついた。レンのローブに顔をうずめ、アルルはもぞもぞと言った。


 「またさ、どっか出かけようよ。今度はもっと近くに」


  レンは自分の顔が火照っていることに気付いて、慌ててうなずいた。また周りにいる人が笑った。特に子供が。

  その日の昼、アルル達は異界から別世界へ帰ることにした。部の人達に見送られて、アルルとレンは部から離れた。またいつでも遊びにおいで、とタンポポは別れ際に言った。


 「あら」


  タンポポはアルル達が行ってしまった後に外を見て首をかしげた。


 「さっきまであんなに天気が良かったのに。雲が黒くなってきたよ」

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