第28話 片目の暗殺者

  ちょうど同じようなことをアルルも空を見上げて言っていたところだった。本当だ、とレンもうなずいた。吹雪になるかもしれない。レンは少し早歩きになって、ワープの扉が作れる場所を探した。


 「何……」


  アルルは何かを感じて後ろを振り向いた。誰かが跡をつけてきている。誰かがどこかから自分達を狙っている。レンは気がつかない様子で、アルルが立ち止まったのを不思議そうな様子で見ている。


 「っ!!」


  瞬時にアルルが作った光のバリアに何かが突き刺さった。藍色の光を放った矢だ。レンがアルルの魔術を見て少し目を腕で覆った。その矢が壊れるとともにアルルのバリアもバリバリと割れて壊れた。

  風が強くなってくる。その時アルルは確かにぼやぼやとした黒いローブの魔術士の姿を捉えた。部には居なかった人間だ。魔術士は歯ぎしりをした。よく見える。アルルにはぼやぼやとした彼の存在が、顔のパーツもよく見えた。その魔術士は低い声で言った。


 「流石だな……感の鋭さだけは羨ましいくらい優れている」


  魔術士のフードが風によって取れる。さっき矢から放っていた光と同じ藍色の髪、その左目には眼帯をしている青年だった。右目の中は真っ黒でどこを見ているのか、何を考えているのか、全く予測できなかった。アルルは声を絞り出して問う。


 「貴方は……誰」

 「ただのアサシンだ。貴方を暗殺しにここまでやって来た」


  ようやくレンが魔術士の姿を捉えた。レンはアルルの腕を掴んで自分の後ろへやろうと思った。しかし魔術士がすぐに叫んだ。


 「動くな。そいつは私の獲物だ。お前のじゃない。女王に讃えられるのは私だ」

 「あんたも下手に動かない方が良いよ、アサシンさん」


  どこかから力強い声がしたかと思うと、ジュリが銃を構えて立っていた。魔術士は辺りを見回すと自分が銃を構えた人間に囲まれていることに気づいた。


 「大人しく魔術を消しな。私達の銃で受けた怪我は治癒魔術じゃ簡単には治んないよ?それか、手足の1本くらいは吹っ飛ぶかもねえ」

 「私が貴方を殺したら」

 「私のことを殺したいなら殺せば良いさ。私1人が死んだところで事態は何も変わらねえよ。だけどね、私を殺った途端に皆がお前に向けて発砲する。お前はバラバラ、狼達の餌になってちょうど良いよ」


  タンポポがアルルとレンに向かって叫んだ。


 「今のうちに逃げなさい!このアサシンくんは私達で何とかしておくから」


  レンははっとして、行こう、とアルルの手を引っ張りその場からすぐに去った。チッと魔術士は舌打ちをした。すると彼は飽きれたような声でジュリに向かって発した。


 「ジュリエット・グレイ。お前はこんなところで油を打っていたのか」

 「何故私の名前を……っ?!まさか、あんた……」

 「思い出したか、ジュリエット。昔は私達もレジスタンスの同志だったよな。お前が逃亡してから、"まとも"な奴が私の他にあまり残っていないよ」

 「アレン、なのかい」


  アレンと呼ばれた青年は口元を少し緩めた。アレンは魔術のパワーを貯めた手をジュリに向けて狙いを定めた。氷が冷えるようなキーンとした音が彼の手から聞こえ、氷術であることが分かった。周りで銃を構えている氷民族が一斉に武器を構え直す。


 「アレンの狙いはレンか。それとも―」

 「両方。……ああ、分かっているさ。私達組織の大本命はフェアリーの女だ。しかしあろうことかレン・グレイはあの女を連れ回している。無論、女王の本命もフェアリーだ。レンは邪魔なんだ。女王はあいつが一族に貢献しているなんて言っていたが、実際はその逆だ。貢献どころか一族に対して背信行為をしているじゃないか。ジュリ、お前気付いていただろう。あの女がフェアリーだってことに」

 「……異界では血や一族は関係ない。一生懸命毎日生きようと頑張っている人の世界だ。あの子達はあんたらなんかには簡単に負けないよ。だから私らは今アレンに銃を向けて囲んでいる」


  アレンはまた歯ぎしりをすると、貯めていた氷のパワーをジュリに向けて発射した。鋭い氷の光線がジュリの頬をかすめた。かすめた部分から血が垂れた。直後、銃を放とうとした氷民族に向かってタンポポが怒鳴った。


 「撃つな!!」


  アレンの口元がにやりとする。カチャリと動く武器の音が静かな氷原の中で響く。アレンはジュリのことをじっと見つめた後、その手から魔術を消した。


 「お前の言った通り……今ここでジュリエットを殺しても何も事は変わらない。お前はある意味組織から逃亡した裏切り者だが、お前を殺しても私にとって利益は無いと見た。私は一族の掟に乗っ取って、フェアリーの女とレン・グレイを追う。そして必ず仕留める。……またいつか会おう」


  アレンはローブのポケットに手を入れて、そのまま氷原をまっすぐ歩いていった。その後ろ姿を氷民族達は銃でまっすぐと捉える。


 「次のグレイの集会で」


  アレンは背中を見せたまま、ふっと姿を消した。構えていた武器を肩にかけ、カノンがタンポポに向かって言った。


 「撃っちまえば良かったのに。姉さんはこういうところは優しいんだから」

 「さっきの青年を殺すのは簡単なことだった。でもあの人を殺したらね、おそらく異界にあの人の仲間が襲ってくるでしょう。この世界に来てまで争いは嫌なの」


 タンポポの意見に、そうですね、と小さくラファウルはうなずいていた。タンポポはそう落ち着いた声で言い捨てると、さっさと武器を片付けて小屋へと帰ってしまった。


 「あのアレンとかいう奴は、ジュリの元仲間なの?」


  小屋への道中にカノンはジュリの隣を歩き、そう尋ねた。普通なら聞けないようなことをカノンは淡々と聞いてくる。流石、長寿の魔女であるとつくづくジュリは思うのだった。肝が座り過ぎている。反対に、今カノンが何歳なのかジュリは尋ねたことがない。


 「元な。私の一族は仲間意識をとても大事にしていた。だからかな、アレンがレンのことを狙っているのは。家族や仲間を大切にするからこそ、"裏切り者"は徹底的に排除される。でも私達はこの世界の住人でいる限り、常に中立的な立場でいるのが原則だ。レンとアルルには申し訳ないがね」

 「ジュリが珍しく深そうなことを口にしてんぞー」

 「次あの2人に出会った時、助けることができるかどうか私には分からないよ。でも、レンの言うサングスターの魔術士には一度でいいから顔を拝見したかったねえ。案外良い男かもしれないよ」

「グレイだか一族だか何だか私には分からないけど、レンとアルルは悪いやつじゃあないね。それだけは分かるさ」

「……な、なあ、カノン。全く話は違うけど、あんたっていくつなんだっけ」

「長く生きすぎてもういくつだか分からんわ。多分70くらいかな」

「えっ」


 おかしそうにカノンは笑うと、武器を肩にかけ直し、小屋へと向かった。

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