第26話 雷と炎

 バトルフロアには既にたくさんの応援生徒が来ていた。皆レイナ側の席に座り、あまりにも人数が多すぎてベティ側の席にまではみ出してしまっていた。


 「何かのスポーツ観戦みたいね」


  ベティ側の席の一番前に座っているリッチェルがぼそりと呟いた。ツバサはお菓子を食べながらバトル開始まで時間を潰していた。


 「何呑気にお菓子なんか食べてるの!真面目に応援する気あるの、お兄ちゃん!」


  アスカは両手いっぱいに何か黄色いものを抱えてやってきた。その黄色いものをツバサ、リッチェル、ルークに順番に手渡していった。それはメガホンだった。


 「これ何?」

 「メガホン。これで叫ぶと声が届きやすいんだって」

 「お前って形から入るタイプなのか……」

 「だって……ベティさんを応援しているのは私達、たった4人だけなのよ!あの団体達には負けていられない!」

 「4人もベティのために本気で来てるんだよ」

 「やっぱりアルルとレンさんは帰ってこなかった?」


  アスカが残念そうに聞いて、ツバサの隣に座るとツバサは黙ってうなずいた。競技場にベティとレイナが入ってくる。レイナが手を振るとどっと歓声が起こった。ベティはきょろきょろと見回していたので、それを見て始めにアスカがメガホン片手に叫んだ。


 「ベティさーーーん!!!頑張ってーー!!」

 「ベティ頑張れ!!目の前にいる女ぶちのめしてやれ!」


  ツバサも叫ぶとベティはおかしそうに笑いながら手を振ってきた。一番ノリノリじゃん、とルークは横から言った。


 「……只今から、競技場と応援席の境に、防術壁を作動します……」


  目の前に見えない壁のようなものが張り巡らされた。防術壁は名前の通り、魔術を通さない壁のことだ。競技場にいるベティとレイナはそれぞれの魔力でのみ戦う。応援席からの助けを借りることはできない。

  魔術士の魔術バトルはかなりのビッグイベントである。


 「相手の人は何の魔術を使うんだ?」


  そう尋ねたルークの質問の解答はすぐに分かった。魔術バトルの実況を務める魔術士が紹介を始めた。


 「今回の魔術バトルは何と、女子2人の戦い!炎の魔術士レイナ・ボワーと、雷の魔術士ベティ・アケロイドのバトルです!使う魔術からしてもう暑苦しいですが、さあどんなショーを見せてくれるのか!!」

 「炎術士か……確かに暑苦しいな」


  そう言いながらルークはツバサの持つお菓子の袋に手を突っ込んだ。それを見てアスカがため息をついた。開始のホイッスルが鳴った。先に走り出したのはレイナだった。ベティは直前でやすやすと交わした。その後も、ベティは手招きして戦いの姿勢をとった。レイナが魔術を発動させ、その右手に炎が燃え上がった。レイナが振り上げた炎の拳をベティは素手で受け止めた。その反動でベティの体が後ろへと滑るが、足にしっかりと力を入れて何とか持ちこたえた。そのままの体勢でベティはレイナの手を抑えたまま雷を発動させた。レイナの体に雷が走り、レイナは絶叫した。

  しかし、レイナの手は片方が空いていた。片方の手でベティの腹を殴りつける。途端にベティはレイナから手を離し、防術壁に背中から突撃して地面へ落下する。


 「今のは痛かったなー」

 「お菓子食べるか応援するかどっちかにしてよ!」

 「確かに今のパンチは腹に入ったな」


  アスカはまたため息をついた。男軍はだめだとでも言いたげに。

  ベティが腹を押さえて立ち上がった時、既にレイナは炎を溜めているところだった。


 「私は負けられないのよ!ベティ・アケロイド!!これで終わりよ!」


  レイナの体からも炎が現れ、大きな一つの炎の塊となった。ベティは唇を噛むと、足元からバリバリと雷が音を立てて発生した。


 「地獄炎インフェルノ!!」


  炎の塊がベティに向かって飛んでいく。ベティは大きな雷のバリアを作り、思い切りバリアで塊を受け止めた。エネルギーのぶつかり合いで応援席の温度も上昇し始める。


 「頑張れ!!レイナーー!いけー!!」

 「そのまま炎でぶっ飛ばせー!!」


  レイナの力が強くなる。ベティの耳にはレイナを応援する声援しか入ってこない。バトル中だと言うのにベティは胸に押し上げてくるものがあった。レイナが気合を入れるように声を上げベティの力を跳ね飛ばした。ベティは吹っ飛んだ。歓声が上がる。


 「おい!ベティ!!何で手ェ抜いてるんだよ!レイナを倒すんじゃないのか?!俺のご褒美はそんなに需要ないか?!」

「ご、ご褒美って何だよ……意味深だな……」


  ツバサが席から乗り出してメガホンをバンバンと叩きながら叫んだ。それに便乗するかのようにルークとリッチェルもメガホンを叩き始めて声援を送った。

  ベティは飛ばされながらその声を聞いて、口元が緩んだ。防術壁を踏切台のようにして足で押し上げると、意識を集中させた。


 「私だって、負けられないんだから!!!」


  ベティはまっすぐレイナに向かって落下していく。その体ごと稲妻と化して。


 「今までの屈辱、全部今体感させてあげる!!大稲妻フルメントニトルス!!」


  レイナはベティに圧力に足がすくみ、そのまま体が空中に放り投げられた。 入ったぞ、とツバサがもごもごと言うと後ろから大きい声がした。あまりの大きい声にびくっとして振り向いた。


 「流石私の子孫!!愛しているぞ、ベティ!!」

 「うるせえ!!って、雷の神様じゃん!!応援に来たの?!」

 「すまんすまん。また魔法マイクの調節が」

 「いやむしろマイクは音量マックスにしてくれよベティの晴れ舞台だ!」

 「晴れ舞台?もちろんマックスにさせていただくとも!愛しの子孫だからな!」


  突如やってきたベティの先祖、ニアがマイクの音量を上げたおかげで、たった4人の声もマイクによってレイナに対する声援に対抗するように大きくなった。この人誰、とアスカは小さな声で兄にささやいて尋ねた。


 「話すと長い。とりあえずベティの熱狂的なファンの1人だ」

 「の、ようね」


  一撃を受けたレイナは防術壁にぶつかり、そのまま力尽きた様子で落ちていく。ツバサ達もドキドキとして瞬きせずにその様子を見た。あれでそのまま落下して倒れてしまえばベティの勝ちだ。さっきの一撃はかなりレイナに応えたはずだ。ベティは何とか立っていて、やはりレイナの様子を伺っていた。

  その時だった。レイナがいきなり目を見開いて、咄嗟に人差し指をベティに向けて火の玉をいくつか飛ばした。予想をしていなかった攻撃でベティは慌てて伏せて攻撃を避けきった。


 「何かおかしいぞ」


  そう第一声を上げたのはルークだった。しかしレイナ派の歓声によってルークの声はかき消される。異変にはすぐにツバサ達も気付いていた。


 「誰かが力を貸した、絶対そうだ」

 「でもここ防術壁かかってるぞ。どうやってレイナに魔術をかけた」

 「魔術じゃないわ、魔法よ」


  リッチェルが冷静な声で淡々と言った。ツバサははっとしてリッチェルに頼んだ。昨夜、リッチェルが1級魔法士が何とかと言っていたことを思い出したのだ。


 「レイナはズルをした。リッチェルもベティに……」

 「駄目だ。ズルをした時点でその魔術士は反則行為となる」


  ルークが腕を組みながら言った。このままだとベティが負けてしまう。ツバサは防術壁越しに舌打ちをしてレイナを睨みつけた。


 「どこまでもムカつく奴だな、レイナ・ボワーって女」

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