第5話 強制勧誘2
レンは何も答えず、ツバサに背を向けて歩いた。ツバサも無言で彼の後をついて行った。レンは一つの喫茶店に入ると、一番奥のテーブル席についた。そこはツバサの知らない喫茶店だった。すぐに店主が地球人だと気づいた。
「随分洒落た店知ってんだな」
席につくと、レンはフードを外した。真っ黒の髪、真っ黒の瞳。感情を全く表に出さず、何を考えているのか分からなかった。一瞬、自分はこの後殺されるかもしれない、とツバサは怯んだ。
しかし確かにこの青年はアルルと映っていた青年だ。アルルの名前を出せば、きっと全てが上手くいくだろう。アルルのことを覚えていれば、の話だが。ツバサよりも先に、青年は口を開いた。
「お前、ただの魔術士じゃないな」
「魔術士は皆普通じゃないよ。まあでも、俺みたいにアサシンに簡単に近づく男は珍しいのかな。でもとりあえずお礼を言いたい。助けてくれてありがとう」
「助けて……って、まさかこの前あの茂みにいた?」
「ああ。おかげで仕事があんな散々なものになっちゃってね。襲撃者が死んじまったせいでこっちは慰謝料なしさ……あ、俺はツバサ・サ……ツバサって言うんだ」
ちょうどその時、頼んでいたコーヒーがやってきた。それぞれが飲み物に手をつけると、レンは口を開いた。
「で、俺に話っていうのは」
「レンは今、一人だよな?お前めちゃくちゃ強いのに勿体ないよ。だから俺達のチームに入らないかなって思って。リーダー直々の推薦。どう?」
「……ふざけてるのか」
「ふざけてないよ。俺は本気だよ」
ツバサは慌てて弁解したが、実際は本当に殺されると思いテンパっていた。レンは唇を噛むと言った。
「俺と一緒にいるとチームのメンバーを危険にさらす。だから俺は一人で良いんだ」
「ねえ、でもさ、変に隠れてコソコソしてるから狙われやすいんじゃないの?堂々と顔も見せて、皆で行動していれば逆に分かりにくいよ、きっと!」
狙われやすい、という言葉を使ったせいでレンの表情が変わった。ツバサは最終手段を使った。
「アルル。アルルって女知ってるだろ」
その名前を口にしただけでレンの顔つきが豹変した。なおもツバサは言葉を続けた。
「アルルは俺のチームメンバーなんだ。アルルはレンのことを探していた、ずっと。レンが来たらきっとあいつは喜ぶ」
「……じゃあ俺が助けたのは……」
「そう、アルルだよ」
レンは安堵の表情を見せた。ツバサは明るい声を出しそうになるのを堪えて、落ち着いた声を出した。
「わかった。じゃあチームに入らなくても良いから、会ってやってくれ。俺の仲間を今からここへ来るように呼ぶから」
その約10分後、アルルとベティが何食わぬ顔で登場した。アルルはツバサを見つけて駆け寄ってきた途端に固まった。
「……レン……なの?」
レンが何かを言う前にアルルは飛びついた。レンは驚いていたが、落ち着いた様子でアルルを抱きしめ返した。
「生きてて良かった……」
感動の再会を目の前で見せられて困ったベティは、しぶしぶ空いているツバサの隣に腰かけた。
「もしかして、あの写真の人?アルルが探していた」
「うん」
「どこで見つけたの?!」
「まあ色々とね」
アルルは既に半泣きだった。レンの胸に顔をうずめて体を震わせていた。それを見てツバサは何とも言えない気持ちになった。
「レンは今日からうちのチームメンバーだから」
「え」
「え」
「どういうこと?!」
勝手にツバサが叫んだ言葉に全員が反応を見せた。皆がレン一人に注目し、レンはため息をついてうなずいた。
「……わかったよ。このチームに入ろう」
「よっしゃ!毎度あり!!」
チーム"オセロ"が完全に結成された場所は、この喫茶店となった。
レンは学校へは通わなかった。しかし、魔術学校の図書館や訓練所は誰でも利用することができた。時にはアルル達がレンに勉強を教えることもあった。魔術学校で習うことは、絶対に役に立たないと言いきれることも無いのだ。魔術士は戦士として育てられる。それが別世界の掟であり、理想の魔術士像であった。
「……そろそろ依頼、受けに行かない?」
そう口火を切ったのは確かベティだった。ベティはそれだけでなく依頼書を何枚かポケットの中から取り出した。報酬額はチームメンバー皆で山分けとなる。
「これとか面白そうじゃない?」
アルルが目をつけた依頼は、"迷いの森"と呼ばれる森の中にある果実ジュエルフルーツを採取してくる、というものだった。依頼文の下には小さく補足として、森の珍獣に遭遇した場合その写真も持ってきたらボーナスあり、と書かれていた。
「へえ、面白そうだな」
「迷いの森って……大丈夫なのか、行っても」
レンはベティから出題された数学の問題を解きながら尋ねた。名前の通り、迷いやすい森である。というよりも迷わせてくる、"生きている"森なのだった。日ごとに道が変化する。道が動いて変化する時刻はミッドナイト―午前零時だと言われている。
迷いの森に近づく魔術士はあまり居なかった。迷いの森を抜けると大きな湖があり、その湖の向こう岸にイイナ村がぽつねんと位置している。迷いの森の中には不思議な力が満ちていて、魔術士の乗る空飛ぶ乗り物―ハネハネが動かなくなる、なんて噂もしばしば耳にしていた。大抵、遠方への移動手段は魔力をエネルギーとして稼働させる乗り物、ハネハネを使うことが主だった。
「まあ、大丈夫だろ。死んだって話は聞いたことが無いぜ。そもそも行ったことがある人をあんま聞かないけど」
「せっかくだからこの珍獣とやらも見つけたいね」
アルルが付け足すように言うと、一同はうなずいた。夜に森の道が変わる。だったら朝早く行って日が暮れる前に帰ってくれば良い話だ。そういう結論に至った彼らは依頼を引き受けることにした。
2章へ続く
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