2章 迷いの森

第6話 森の中で身の上話

 話が終わった後、レンはベティに勉強を教えてくれ、と言ったため、アルルとツバサは図書館へ行って迷いの森の果実と珍獣について下調べをすることにした。アルルは珍獣を、ツバサは果実について書かれた本を探した。


 「うわっ」


  迷いの森の珍獣は大蛇だった。真緑色で、茂みの中に同化して潜んでいることが多いらしい。特に毒性は無く、ただ単純に噛まれたら痛いということだけだった。この大蛇は森の主ともされているらしい。

  ふと物音がして横を振り向くと、司書が荷台に乗った本を魔術で移動させて本棚に納めていた。ぼーっとしたような顔で指を上下左右に動かして魔術を作動させていた司書はアルルがこちらを見ているのに気づいた。司書もこちらを見てきて、二人は完璧に目が合った。アルルが軽くお辞儀をしようとした時、ツバサの声がした。


 「アルル見てよこれ。ジュエルフルーツって名前とは反対にこの世のものとは思えないくらい"酷い"味なん……あ、ルーク君じゃん」

 「ルーク君?」


  ルークは一通り図書を収納し終えると、荷台を押してこちらへやってきた。


 「図書館の中では静かにしろ」

 「あいかわらず堅物な男だね。彼女できないよ?」

 「うるさいな」

 「……友達?」


  アルルが首をかしげてツバサに尋ねると、友達なのかな、とツバサは笑った。それを見てアルルは軽く自己紹介をした。


 「私はアルル。彼と同じチームメンバーよ」

 「初めまして。僕はルークです」


  その時ルークは少し微笑んで見せた。初めて笑っているところを見た、とツバサはつくづく思った。


 「今日は何を調べに来たんだ?」

 「今度迷いの森の依頼を受けることにしたんだ。で、このジュエルフルーツを採取してこなくちゃいけなくて」


  ああ、とルークは反応をするとまた図書の収納を行いつつ返事をした。


 「ジュエルフルーツはキノコと同じような類でな。木に実るわけじゃないんだ。だから森の中を歩かないと見落とすぞ」

 「森の中を?じゃあやっぱり朝早く行かないと駄目なんだね」

 「まあ……でも密かに珍味と呼ばれているほど珍しい果実らしいからな。そう簡単には見つからないんだろう」


  アルルとツバサは顔を見合わせた。早く帰れ、とでも言いたげなルークの様子を見て二人は図書館から出た。


 「珍味探しと珍獣探しに分かれて行くか?」

 「そうね。……はぁ、もしも見つからなかったらどうしよう」

 「すぐに次の仕事を探せば良い話だろ」

 「知らないの?ろくに依頼もこなせないチームはどんどん評判が悪くなって、しまいには依頼を受ける時からお断りって時もあるんだから……そうなったらお母さんに何て言われるか……」

 「アルルは最悪援助してもらうって手もあるじゃん」

 「手がかかる娘ね」

 「俺は始めっから親の手を借りようとは思ってないけど。というか生きてんだか死んでんだかわかんないし。そっからだ」


  ツバサの家族のことに触れたことはあまり無かった。ただ、一つ下の妹がいることしかアルルは知らない。アルルはふと思って言った。


 「ねえさっきのルークって人さ、何だかツバサに似てたね。雰囲気が」

 「似てる?あんな堅物男と俺が?」

 「中身は真反対かもしれないけど。何か見た目っていうか、雰囲気がさ。何か似てた」




  当日。朝の5時に迷いの森に集合したチームオセロは、早速森の中に足を踏み入れた。森の中はうっすらと霧がかかっていて、空気は澄んでいた。しばらく歩くと道が二手に分かれていた。


 「右!」


  右を指さしてアルルが叫ぶとツバサがじゃあ左だ、と言った。ツバサはいきなりベティの腕を掴んで左の道へ引っ張って歩いていった。


 「え?え?え?」

 「出口に集合で!」


  ツバサとベティが見えなくなったところでレンはつぶやいた。


 「気を効かせてくれた……のかな?」


  アルルとレンはしばらくまっすぐの一本道を歩いた。よくよく考えてみればこうやって二人で歩くのは再会してから始めてだった。


 「再会して初のデートが迷いの森なんて色んな意味で思い出になりそうだね」

 「レン、なんか変なこと考えてない?」

 「い、いや……あっ」


  レンは木の近くにしゃがみ込むと、そこに実っていた果実を取った。残念ながらそれはジュエルフルーツでは無かった。艶やかな赤色の果実で真っ赤なつぶつぶが表面にあった。ブラックベリーに見た目はよく似ていた。


 「ジュエルフルーツは確か青色……だったからそれは違うわね」

 「でもこの果物絶対美味しいよね。これは土産に持ち帰ろう、いい匂いもするし……」


  そうレンが言いかけた時だった。レンの足がいきなりふらつき、レンは木の幹を掴んで体勢を整えた。大丈夫かとアルルが駆けつけようとした時、レンはそのままへなへなと座り込んだ。そしてその体はゆっくり地面に倒れてしまった。


 「何が起きたの?!ちょっと!しっかりして!」


  レンの身体を揺さぶるがレンはびくともしない。落ち着いて見ると、ただ眠っているだけだった。いずれはきっと目を覚ますだろう。まだ夜まで時間はたっぷりある。アルルは横たわるレンの隣に座ると、レンが取った果物を手にした。


 「まさかね……」


  果物から漂う甘い匂いを鼻が捉えた時、アルルの視界は揺れた。アルルは目をつぶってしまった。手からは果実が一つ、転がって落ちた。



 「あーもうこのくらいにしておくか……」


  袋いっぱいに入ったジュエルフルーツを抱えてツバサはため息をついた。収穫したフルーツを両手に抱えてベティが駆け寄ってくる。そのフルーツが袋に投げ込まれ、ツバサは袋を抱え直した。


 「大収穫ね!」

 「こんなに採れたらもはや珍味でも何でもないよな」

 「アルル達はちゃんとやってるかなぁ」

 「やってなかったら報酬は9対1でいいっしょ」

 「でももうこんなに採れたし、帰っても良いんじゃない?」

 「いいや、珍獣を見つけてない」


  ジュエルフルーツの入った袋の紐をきつく締めながらツバサは首を振った。あ、そうかとベティはうなずいた。珍獣を探すなんて、雲を掴むような話である。仕方なくしばらく休憩をすることにし、二人は木の幹に寄りかかって座った。

  上空を鳥が鳴きながら飛んでいるのが見えた。人も居なく、音もあまりない森は何だか変に慣れずに落ち着けなかった。ツバサがふと口を開いた。


 「ベティってさ、喋ると普通の女だよな」

 「何それ、どういうこと?」

 「もっと大人しい奴かと思ってた」

 「そう見えたのは今まで一人だったからじゃない?」

 「魔術士って独りの奴が多いよな。だからチームを作るんだろうな。俺も親なしみたいなもんだし」

 「……私も親なし。姉が一人居るけど、多分私のこと妹だって思ってないから。おばあちゃんだけだもん、味方してくれたの」

 「へえ、ベティって妹なんだ」


  ツバサは少しおかしそうに笑うと、ベティも笑った。


 「ツバサは?」

 「俺は妹がいるよ、一つ下の。めんどくさい奴だけど」

 「あんた兄貴なの?」

 「うん、一応兄貴」


  そう答えた後、ツバサは体を丸めて目を閉じてしまった。その様子を見てベティはもう何も言わなかった。 不意に手をぺろりと舐められた。こういう趣味がベティにはあるのか、とツバサは思い目を開けると悲鳴をあげた。


 「蛇!!」

 「珍獣!!」


  蛇というよりも大蛇はツバサの抱えていた袋に牙をむき出して噛み付いた。慌ててツバサが蛇を袋から離そうとするが、袋は破れて中からジュエルフルーツがぼとぼとと落ちる。その途端蛇がツバサの腕に噛み付いた。


 「ベティ逃げるぞ!」

 「逃げるってどこに?!」


  蛇を引き離そうと力を入れて振り払うと、腕から血が滴った。二人はとにかくまっすぐ走った。蛇はしゅるしゅると音を立てて追いかけてきた。徐々に袋の重みが無くなっていき、フルーツが袋の穴から落ちていることに気づいた。ツバサは走りながら叫んだ。


 「もう絶対毒入ってるよ!見たくないよ傷口!もう絶対入ってる!あの蛇猛毒!」

 「もう逃げててもキリがないわよ!だってこの道ずっとまっすぐだわ!あの蛇が私達を迷い込ませようとしているみたい」


  ベティは立ち止まって振り返る。その横を普通にツバサは通り過ぎていき、二度見をして振り向いて止まった。途端、蛇に向かってベティは稲妻を落とした。蛇はあっけなくその場に横たわって倒れた。長い舌は伸びたまま落ちていた。

  その時だった。2人の足元がぐらついて2人は体勢を崩した。そのたった2秒後だっただろうか、気づいた時には上空に浮いていた。

  地面が動いて2人はふっ飛ばされたのだ。

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