第4話 追跡

 "カーニバル"はいつも通り行われていた。誰が戦っていようが、それで命を落とそうが、何も気にせずカーニバルは行われていた。

  カーニバルの本当の名称は"夜の市場"である。夜の市場ほど優れた武器や魔法道具を売っている場所は無い。中には見るからに怪しい薬を売っている屋台もあった。カーニバルに向かう人々は何があってもフードを深く被り、身分や正体を隠すことが暗黙のルールであった。

  別世界の住人だけがやってくるとは限らなかった。今日も、他民族が何人かカーニバルに訪れていた。


 「カーニバルで売ってる武器は、悔しいけどめちゃくちゃ良いもんばっかなのよねぇ」


  一人の少女が置いてある拳銃を取って構える。店主はお目が高い、と女性に陽気な声をかけた。


 「これなら多分一発で狩りが終わるわ。でもちょっと高いわね。悩むわ」

 「姉さん、お肉はもう買ってきたよ。あと他に何かあったっけ?」


  彼女の隣に少し背の小さい少女が掛けてくる。それを追いかけるようにまた少女が一人のそのそとやってきた。最後に来た少女はキョロキョロと辺りを見回していた。まるで誰かを探しているかのように。


 「ジュリ、どうしたの?」

 「ちょっと見たい店があるから、皆待ってて」

 「はいよー」


  少女はそう言って二人の連れから離れた。カーニバルが行われている一帯は屋台のランプによって光がぼんやりと灯っていたが、少女はその一帯から抜けて暗がりの路地を覗いた。


 「あっ」


  建物と建物の間に倒れている人が居た。少女はおそるおそる近づき、その人が被っているフードを外した。


 「良い男じゃないか」


  男魔術士は呻いた。ふと魔術士の身体に目をやると、そのローブは赤く染まり、それは地面までにも広がっていた。


 「あんた、刺されたのか。自分を治癒する魔力も無いってわけか」


  少女はしゃがみこみ、その傷口にそっと手を当てた。手からエメラルド色の光が漏れ、傷口はみるみる小さくなっていった。そこでようやく魔術士は目を開け、ゆっくりと体を起こした。


 「ありがとう……君は俺の恩人だ」

 「感謝しろよ。私は滅多に魔術なんざ使わないって決めてたんだ。そんな私が癒してやったんだからな」

 「ああ……それは本当にありがたいことだ」

 「……お前、随分殺したんだな。その怪我はグループにやられたのか?」


  少女が普通の顔で尋ねてきて、魔術士は少し驚いたような顔をした。しかしすぐに頷き、かたきはとった、と答えた。


 「随分良い男に見えるけど、大事な人は居るの?」

 「……居るさ。俺が勝手に思っているだけだけどな。彼女のことを思い出すことで、正気を保っていられる気がするんだ。君は、一人じゃないんだね」

 「私はここの世界の住人じゃないからね。……これは私からの餞別だ」


  そう言って少女は一つのピストルを魔術士に投げてよこした。魔術士はピストルを初めて拝見したらしく、不思議そうに取って見ていた。


 「カーニバルで手に入れた、ピストルって武器だ。そこの引き金を引くと猛スピードでこんな小さい弾が飛び出す。そいつは人の皮膚も肉も貫通する。これで負った傷は治癒魔術じゃなかなか治らないらしい」

 「良いのか、こんな貴重なもの貰って」

 「良いよ。それ見て自分の命の恩人を思い出してよ。くれぐれも命を絶つなんて馬鹿な真似をするなよ」


  少女は背中を向けて歩き始めた。こちらを振り返らずに手だけを振って、カーニバルの方へと向かっていく。


 「待ってくれ!必ずこの借りは返す!……名前は何て言うんだ?」

 「私はジュリエット。ジュリエット・グレイ。ジュリって呼ばれてる」


  ジュリは振り向いてそのフードを外した。紫の髪を短く刈り上げた、凛々しい顔つきの少女だった。それを見て魔術士はフードを外したまま言った。


 「俺は、レン・グレイだ」



  体調が復活してすぐ、ツバサは一人で行動を始めた。 アルルとベティには一人で訓練をする、と嘘をついて学校を後にした。

  この間の依頼で訪れた場所にやってきた。その夜にできた血痕はまだ残ったままだった。


 「これだと家を教えているようなもんじゃねえか」


  ツバサは慎重にその血痕を辿って歩いた。血痕は路地に繋がっていた。路地裏は昼間でも薄暗かった。回りを見回し、誰も居ないことを確認して中へ入っていった。


 「うわっ」


  血溜まりを見つけて思わず声を上げた。明らかにここで倒れていたということがわかる。


 「あれ、血痕が残ってない。ここで死んだのか?……いや、誰かに助けられたのか?」


  ツバサが通り魔のことをここまで気にしている理由は至って単純である。彼は魔術士の顔を見たのだ。顔を見た時、ツバサは直感した―こいつはアルルの探している男、レンだと。

  しかしレンはただの通り魔ではない。というかそもそも通り魔と呼ばれる存在ではないのだ。レンは自分達の命を救ってくれた。そしてどちらかと言えば命を狙われていたのは黒いローブの男達ではなく、レンの方だった。


 「何か共通点が……」


  今度はレクタングルの王宮に向かった。王宮にある王立図書館に入ると、まっすぐにニュース記事のコーナーに行った。そこには別世界の歴史や、小さいものから大きいものまでの事件の数々がファイリングされているのだ。だからといって誰でも全てを見られるというわけではない。'"全て"を知りたいのなら図書館の書庫に忍び込めば良い話ではあるが、そんなことをしたら監獄行きである。

  通り魔事件のファイルを見つけ、手に取った。


 「被害者は全て黒いローブをまとった男。皆、同じ殺し屋グループに所属していた……殺し屋グループ?容疑者は未だ不明……」

 「おい、何を見てるんだ」


  ビクッとして横を向くと、司書のバッジをつけた魔術士が荷台を持ったままこちらを向いていた。元々目つきが悪いように見えるその青年は、尚更ツバサのことを睨んでいるように見えた。その髪は金髪で目立っていて、瞳も青かった。


 「図書館にあるものは誰でも自由に拝見して良いんでしょう?」

 「何か知りたい情報でもあるのか?」

 「何、その隠れ情報屋みたいな言い方。まさか本当に情報屋とか言う?」

 「通り魔事件の事について変に関与しない方がいい。今の生活をめちゃくちゃにされたくないなら、首を突っ込むな」

 「……ねえ、もしかしてさ。金髪くん、司書やってたら見つけちゃったってこと?……知らなくても良かったことを」

 「僕はルークだ……君はもうちょっと自分の立場を知っていた方が良い」

 「あ、そうだ」


  わざとらしい声でツバサはルークを呼び止めると、小さな声でささやいた。


 「人探しをしているんだけどさ。レンって奴、ルーク君は知らない?」

 「レン……?本名は?」

 「知らねぇ。俺が知ってるのはレンって名前だけだ。あ、俺はツバサ・サングスターって言うんだ」

 「悪いが、その男について僕は知らない。後、そう簡単に本名を名乗るもんじゃない」

 「そう?」


  ルークは荷台を押して、仕事に戻っていった。二度と来るな、と言いたげな顔をして。それを察して素直に図書館から出ると、またさっきの血痕が残っていた場所に向かった。今度は人が居た。紫のローブをまとった魔術士が、魔術で血痕を消している。その後ろ姿を見てすぐに"彼"だとツバサは思った。


 「犯人は現場に舞い戻るってやつか」


  ツバサが背後に居てもレンは大して驚かなかった。フードをかぶったままゆっくりこちらを振り向いた。その顔は写真で見たものと全く様子が違い、何も感情が無いように見えた。


 「誰だ」

 「レンって人でしょ?」

 「何で俺の名前を……」

 「とりあえず、どこかでゆっくり話がしたいんだけど。君のお気に入りの喫茶店に案内してよ」

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