第3話 真夜中の襲撃者
「……通り魔ねぇ……」
胡散臭そうな顔でツバサはぼやくと、今一度依頼の紙を読んだ。"深夜、黒いローブをまとった男魔術士を捕獲せよ"
「この特徴、その通り魔の標的にされてるのと全く同じなのよ」
「だけどさぁ、黒いローブの男なんてどこにでも居るぜ?」
魔術士は原則ローブをまとうことになっていた。袖とフードつきのローブはマント代わりのようなものだった。
魔術士の住む別世界の大陸は、トライアングルといい、名前の通り三角形の形をしている。トライアングルの中には中心であるレクタングル王国、サークル帝国、少し外れにあるイイナ村の三つで主に成り立っている。彼女達は今、学校の宿舎で寝泊まりをしており、レクタングルに住んでいる。かつては国ごとにローブの色も定まっていたが、国同士の関係が安定した今はほとんどが自由という形になっていた。
ツバサとベティは紫(レクタングル王国カラー)、アルルはキャメル(サークル帝国カラー)のローブを纏っていた。
「でも何で通り魔は黒いローブの男魔術士ばかり狙っているのかしゅら」
サンドイッチをもぐもぐと食べながらベティが言うと、ツバサは得意そうに答える。
「どうやら偶然じゃないらしい。その黒ローブの奴らっていうのがまた、ワケあり集団なんだってさ」
「それってまさか、依頼のことと何か関係があるの?」
「さあ、そこまでは。もしも通り魔が現れたとしても、相手と同じ俺達だって魔術士さ。どうにでもなるだろ」
「そんな簡単な話なのかね」
大丈夫大丈夫、としかツバサは言わなかった。そして当日、アルル達は指定された場所に深夜やってきた。人通りの少ない街は不気味に感じた。茂みに隠れ、様子をしばらく伺った。風に運ばれて、どこからか夜のカーニバルの音楽が聞こえた。
しばらくして、二人の人影が通った。依頼通り、黒いローブをまとっている。
「この依頼人は私だよ」
そう一人の男が挙手をして声を張り上げた。アルル達は始め、訳が分からずただ黙って隠れていた。
「本当に捕らえるのはこの後来るアサシンさ……。君達はただの囮だ」
「……ハメられたっ!!」
そう思った時にはもう遅かった。いきなりぬっと目の前に人が現れた。地面の影から飛び出してきたようだ。気味悪い笑みを浮かべた。
「最悪の場合、君達の命は助からないが世の中に貢献できて最期を迎えられる。何にも後悔することは無い」
「ふざけて―」
その瞬間ツバサは地面からいきなり足を思いきり引っ張られ、顔を地面に押しつけられた。咄嗟に体勢を戻し、指から光線を発射させたが相手は暗闇と同化してしまい見つけるのが困難だった。
「影術士だ!地面に気をつけろ」
「地面に気をつけろって、どうしたら―」
今度はベティがふっ飛ばされた。敵の動きが速すぎてどうすることもできない。アルルには敵がどこにいるのかさえも検討がつかなかった。ベティは起き上がるとはっとして言った。
「影ってことは……もしかしたら!」
澄んだ空に向かってベティは手を伸ばし、力を集中させた。徐々に黒い雲が頭上に集まり、それは一つの塊となった。バチバチ、とベティの身体からも電気が発される。
「ツバサ!!チャンスよ!!」
力を込めて勢いよくベティが両手を振りかざすと、大きな稲妻が一帯に落下し途端に辺りが一瞬明るくなった。
「そこだ!!」
はっきりと目で捕らえた敵に向かってツバサは走り出した。既にその足はよろめいていた。手に溜まった黒いエネルギー源を思いのままに相手に当てた。ツバサの瞳は黒から銀色に変わっていた。
一人がばたりと倒れるとそれと同時にツバサも力尽きて倒れた。
「ツバサ!大丈夫?!」
そうアルルが駆け出した時、ベティが叫んだ。
「アルル!危ない!!」
そうだ、敵は二人だった。アルルの背後に突如現れたもう一人の男は魔術ではなく剣を振り上げていた。
その時だった。アルルの目の前にどこからともなくローブのフードを被った魔術士が現れた。
「やっと来たな、アサシン!!こっちは殺したくてうずうずしてんだ!」
殺気にかられた男はそのまま素早く剣を振りかざした。魔術士は避けきれずに腰に剣が突き刺さった。痛みで呻く声をアルルは確かに耳にした。
次の瞬間に、アルルはさっきまで隠れていた茂みの辺りに移動していた。フードの魔術士が自分のことを抱えていた。一瞬ではあったが、頭に触れた手がほのかに温かく感じた。気づいた時には魔術士は消えていた。
そして剣を構えていた男だけがあっけなくその場に倒れた。もうアサシンと呼ばれた魔術士はその場に居なかった。
アルルははっとして仲間達の元へ駆け寄る。
「アルル、怪我してない?大丈夫?」
「あの人は……通り魔なんかじゃないわ……私達を助けてくれたんだもの。……ツバサは無事?」
「ええ、意識はあるみたい。……通り魔じゃなくて本当にアサシンなのかもしれない。だって、その二人組の男、どちらも死んでる」
アルルは思わず息を呑んだ。特に何も言わずにツバサに肩を貸し、支えながら歩いた。依頼人はこの男達だった。だからもう帰る他ないのだ。
「血痕」
ふいにツバサがそうくたびれた声で言った。
「あのアサシンとやらの血痕があった。……死んでないと良いけどな」
魔術士は傷口を押さえながら足を進めた。どんどん身体は重くなっていき、足どりもふらついてくる。治癒魔術を発動する魔力すら残っていなかった。出血は自分が思っていたよりも酷かった。壁に手を当てないと歩けなくなった頃、目印のようにべっとりと壁に付着した血痕にようやく気づいた。
一つの路地に入った時、魔術士は壁に寄りかかりそのまま座り込んだ。もう歩く気力すらない。俺はここで死ぬのか。最期の最期に人を助けることができた。あの彼女によく似た魔術士を。
魔術士はゆっくりその場に倒れ、意識を失った。
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