第11話『きっといつか、またどこかで。』
「ねえ、本当に行くの?」
駅のロータリーでセーターに身を包んだ千秋が心配そうに言った。
季節は冬で夏の暑さが嘘のようだった。太陽は空の真ん中でキラキラと光を降り注いでいるのに、道行く人々は寒さを凌ぐため身体を丸めるようにして歩いている.
俺は貰っていた内定を全て断った。
旅に出ようと思った。自分探しとかそう言うものではなく、ただ旅に出たいと思ったからだ。ここじゃないどこかへ。それはきっと現実逃避なのだろう。でも、好きでもない事をして毎日死んだように生きるよりかは少なくとも有意義に生きられる気がしている。
ただ東を目指そうと思う。もしかするとこの旅で何かを見つけるかも知れない、見つけないかも知れない。そんなこと分からないし、どっちでもいい。ただ生まれて初めて好きな事をしてみたかった。それだけだ。
その事を千秋に伝えると、なら見送りをさせて欲しいと言われた。
千秋はその後高校には行っていない。でも、大学には行ってみたいらしく、今は家で高認試験と大学受験の為に勉強をしている。
俺はたまに千秋の家に行き、千秋の母と千秋と茶菓子を食べて話をした。
二人の距離は少しずつだが確実に近づいている。千秋の母と父、そして千秋の間にどのような事があったのか、俺は聞かなかったし、また彼女達も話そうとはしなかった。しかし、確かなのは二人の身体の中で彷徨、行き場を失っていた親子愛は少しずつ繋がろうとしている事だ。それだけで充分じゃないか。
千秋は大学に行って生物の勉強がしたいそうだ。大学は高校よりもずっと自由だ。でも、それだけ危険もあるだろう。彼女を傷つける多くの事と出会うかも知れない。でも、彼女は不安よりも期待を胸に毎日生きている。飛翔を夢見て眠る蛹のような彼女は夏よりも生命力に溢れ、美しく見えた。
「ねえ、いつ戻ってくる?」
「分からん。一ヶ月後かも知れないし、一年後かも知れないし、もう戻らないかも知れない。何も決めていないんだ」
「気をつけてね。おじさんお人好しだから、悪い人に騙されちゃダメだよ。辛かったら帰ってきていいからね。意地張って無理しなくてもいいから。私、一週間くらいで帰ってきても笑うの我慢するから大丈夫だよ」
「うるさいわ。ほら、もう行くから、じゃあまたな」
「たまには連絡よこしてね」
「お前はお袋か」
俺は中古で買った安い軽自動車に乗り込みエンジンをかけた。
「それじゃあな」
窓を開け、千秋にお別れを告げる。
千秋は笑顔で手を振る。車を走らせる。
その時、後ろから大声が聞こえた。
「山中涼。ありがとう。元気でね。またね。大好きだよ」
バックミラーで彼女を見る。千秋は笑顔で両手を振っていた。小さくなる千秋をずっとバックミラーで見続けた。
きっといつか、またどこかで。
心の中で俺は彼女と自分の人生に祈りを捧げた。
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